月の光は永久に。













「おつかれーっす。」

「お疲れ様でした!」



「鷹村さんお先にー。」


「あー・・・。」


それは、鴨川ボクシングジムの練習が終わり、皆が帰る頃。
自分も帰宅しようとしていた木村は、出入り口付近の長椅子に、
でん。と、座って腕組していた鷹村に、そう告げ、ジムを後にした。

他の者もみな、一声かけ帰宅していく。


鷹村も帰宅する時間なのに、椅子で何をして・・何を待っているかなど、もう、皆、周知の事実。


「じゃあ、お先に失礼します。お疲れ様でした。」

ガチャっとが、奥の部屋から出て来た。
あ。とが鷹村に気付き声を発しようとした時。



「おっせーんだよ!いつもいつも!!」


と、ジム中に響き渡る大声で、鷹村が叫んだ。

「っ・・!鷹村さっ・・・」

が何かを言おうとした時、バンッ!と、今さっきが出て来たドアが開いた。


「お前はなんべん言ったらわかるんじゃ!!!鼓膜が破れるわい!!!」


「すいませんー!お疲れ様でしたーー!!」

いつもの杖を振りかざし、こめかみに青筋を立てながら出て来た会長から、
は鷹村の背を押し、スタコラと逃げる。


これは、鷹村とが付き合ってからのいつもの事。






「・・・はぁー・・・・」

は、ジムから少し離れた所まで来ると、大きなため息を吐いた。

「・・鷹村さん・・待っててくれるのは、嬉しいんですが・・・
毎度毎度あれだと、会長の身体が心配になります・・・。」

は隣で歩いている、見上げないと見えない鷹村の顔を見上げながら言う。

「あのじじいなら、死んでも死なないからでぇーじょーぶだよ。」

何、訳の分からないことを・・・と、思いながらも、
はそれ以上何を言ってもどうしようもないのは分かっているので、
それ以上は言わなかった。


「それよりなぁ!!!」


するといきなり鷹村が、また大きな声でに叫んだ。

「何ですかぁ!?」

は、鷹村が立っている方の耳を押さえながら大きな声で言う。

「何でおめーは、いつもいつもあんな時間かかんだよ!
他のやつらみんな帰ってんじゃねぇか。いつも俺様が最後だろうに!!」


「・・・・・」


なんですか、あなたは帰るのも一番が良いんですか。

は心の中で鷹村に言葉を投げ掛ける。
しかし、気を取り直し。

「・・だぁーかーらー・・それは、みんなが帰らないと、
出来ない仕事があって、残って・・るっ・・・くしゅん!!!」

言葉を言い切る前には手を口元に覆い、くしゃみをする。


「あー・・さむっ・・最近冷え込んできましたよねー・・もう、秋から冬ですよねー・・。」

は、そんな事を言いながらポケットからハンカチを取り出す。

「あー、さみぃっちゃ、さみぃなぁー。」

鷹村は受け流すかの様に答え、空を見上げる。


普通、カップル二人が寒い夜道を歩いて帰るならば、
手を握り合い、肩を寄せ合い、くっつきながら歩いているのが通常だが、
この二人にそんなイチャイチャはあまりない・・・というかほとんど。

むしろ、鷹村が『寒いだろ?手、あっためてやるよ。』なんて言って、
手を差し伸べてきたら、それこそ雨あられ、というか地球に隕石が降ってくる。


それでも・・イチャイチャせずとも、二人は必ず一緒に帰っていた。





「・・・・・あれ?なんか、空明るくありませんか?」


鷹村につられて夜空を見上げたは、ふと夜なのに結構な時間なのに、
なんだかいつもより空が明るい事に気付く。

「あ?そうか?」

鷹村はどうでもよさ気に答えながらも、空を見上げる。


「あー、あれのせいじゃねぇーの?」

そして、少し振り返りながら、後方の空をひょいっと軽く胸元で指差した。

「え?」

が振り返ると・・・・


「わーー!!満月だー!」


そこには、光り輝く、見事に丸い月があった。


「今日、満月だったんですねー!」

は、満月を見ながら、ゆっくり後ろ歩きをする。

「・・・おい、あぶねぇぞ・・」

鷹村はそれとなく、転んだら・・と心配・・注意するが、


「うわー・・よく見たら星も綺麗だー。すごーい、たくさんあるー。」


は立ち止まり、鷹村の言葉など耳に入っていないらしく、言葉を続けた。

「今日は天気も良かったし、寒いから空気が澄んで、星も月も綺麗なんですねー・・。」

は上を向いて星を見たまま、空に無数にある星を見る為に、ゆっくり身体を回転させる。


「・・・・・・」

自分の言葉などシャットアウトし、口を開けて上を向いてるを見て鷹村は・・・


「あぐっぁ!!!」


はバッと身を屈め、口を押さえて鷹村から離れた。
そして、信じられない・・と、いう風に鷹村を睨み付け、

「な、なにすんですかあんたは!!!」

と、叫んだ。


「口開けてぼーっと上見てるアホ面があったから、口に拳がはいんじゃねーかなーと、思ってな〜。」

と、鷹村は口笛を吹きながら、帰路を進む。
そう、鷹村はの口に自分の拳を突っ込んだのである。

「アホ面って・・だからって・・・つーか・・・」

は、口に拳など入れられた事など・・というか、普通に暮らしてたら、
人生であろう事がない事をされ、なんだか羞恥心やら怒りやらが、湧き出てきたが、
鷹村に仕返しは無理無茶無謀。
青木を見ていれば痛い程分かっていた。
だから、そのでかい背中に一発、向こうには蚊に刺された程度の事でも、
拳を食らわしてやりたかったが、ぐっと堪えた。



「・・・はぁー・・」

その代わり、気持ちを静めるように、また夜空を見上げた。


「あ、あれ、オリオン座だ。オリオン座は一目で分かりますよねー。」

鷹村に追いついたは、いつもより少し明るめの夜空で輝く星座を指差す。

「あー?そうなんかー。」

鷹村はどうでもよさ気に言葉を返す。本気でどうでもいいのだ。


「カシオペアは冬でしたっけ??柄杓型の北斗七星の最後の星を5倍?
延ばすと北極星があるんでしたっけ?」

は、歩きながらもまだ空を見て、続ける。

「知らねぇーよ、星座の事なんか。つか、お前、星座オタクか?」

鷹村はそんな事を言ってきた。

「な!星座オタクって!これ位、小学校とかで習いませんでした!?
それに、どうせ言われるなら天文オタクとか言って欲しいです。」

そっちの方が素敵だ。
はぼやく。

「天文?天文だか天丼だかしらねーが、小学校ねー・・・
ほとんど授業出てなかった気がすんなー・・。」

鷹村もにつられてぼやく。

「は!?授業出ないでどうやって卒業・・・ああ・・まぁ、小学校だし・・。」

鷹村財閥だし・・とは心の中で呟く。

「・・・あー・・・なんだか土手に行きたいな。」


「は?」


の突然の言葉に、鷹村は思わず、即、言葉を返す。

「ここら辺だと、電灯とか・・人工の灯りで、星が見えにくいから・・・
土手なら、きっと暗いからもっと綺麗に見えますよね?寄って行こうかな〜。行きません?」


「・・・・・やなこった。」

鷹村はわざと、遠回りにはなるけど土手とは反対方向の帰り道のルートへと、行き先を変えた。


「なんでわざわざ寒ぃ所でつまんねーもん見なきゃいけねーんだよ。」

「あ!・・・言うと思いましたよ・・。」

ズカズカと足を進めていく鷹村にはピタッと立ち止まり、

「いいでーす!私、しばらく見て帰りますんで、おやすみなさいー!風邪、引かないでくださいねー!」

そう言うと、スタスタと、鷹村とは反対へと進んで行った。

「あー・・・」

鷹村もそう答え、振り返らず片手を上げる。

そして、そのまま歩き・・・


「・・・・」


歩き・・・


「・・・・・・」


数十メートル歩いて・・・・


「・・・・・・・・・」


鷹村はピタッと立ち止まった。


「・・・チッ・・・ったく、あの強情女め・・・。」

鷹村はと別れたY字路を見つめそう、つぶやいた。
は結構、自分勝手だ。
自分勝手な俺様鷹村と、よく付き合っていられるな・・と、
周りも少し思うが、お互いに妥協線はあるらしい。

でもそう毎度毎度こっちが妥協してもいられない。
付き合っちゃいられない。て事もある。







「よいっしょ、よいしょ、よいしょっと・・。」


その頃はてくてくと夜道を歩き、いつも皆がロードワークしている、
土手の芝生の側面を登っていた。

一番近くの階段まで行くと時間もかかるし、道路がすぐ側にある、
こちらの方が向こうより安全だから。
と、流石のも危機感を配慮して、草のはえる斜面を登ったのだ。




「うわー・・・・きれい・・・」


思った通りだ。とは思いつつ、その景色を見つめた。



満月の、丸く満ちた月は青白く光り輝き、そして、その光が川の水面に綺麗にうつり輝いていた。

土手の下は暗闇なので、月も、星も、さっきの歩道よりやはり綺麗に見える。


(・・・月の光って、本当に青白いんだな・・・。)

は、ふと、手を少し持ち上げ、胸元で手のひらを広げる。
月の光に照らされ、青白い色をした自分の手を見つめ、そう心の中でつぶやいた。


「・・・・・・・・・」

そして、今度は心置きなく、一人で空を見上げる。


「あ、あれカシオペアか?・・・いや、ひとつ見えない・・・んー・・忘れちゃったなー・・。」

(昔、結構星見てたのになー・・・何の星座だかわからないけど、なんとなーくぼやぼやと・・・・。)

は思う。


「冬の第三角形はー・・っ・・・はっくしゅ!!」

またぼやぼやと独り言を呟いていていたら、寒気に襲われはまたもくしゃみをする。

(あー、ヤバ・・そろそろ帰ろうかな・・・・。)

と、思った時。



「うわぁあ!!??」


バサッ!と、上から何かが降って来たのかの視界が何か布の質感の物に包まれ、真っ暗になった。


「何!何!?何!?」

と、慌ててその布を取ると、



「ぶっ!はっはっはっ!!ひー!!超ビビってやんの!!」



そこには腹を抱えて、ゲラゲラ笑う鷹村がいた。


「っ・・・なんで・・気付かなかった・・・っ!」

すぐ後ろに鷹村が来ていたのに、気付かなかった自分が悔しい
しかも、上から降って来た布は鷹村の上着だ。
ほぼ真上から落ちてきた感じからして、多分すぐ、真後ろにいたのだろう・・・。


「つーか、お前怖ぇぞ。土手の上で一人ブツブツブツブツ・・・
こんなんじゃ、襲う奴がいても避けるわな。」

宇宙と交信でもしてんのかっつーの。

と、鷹村は付け加えての脇に立ってさっきのと同じ様に、月と、水面を見つめる。


「・・・・こんなん見て、何が面白いんだかしらねぇが、マジで風邪引くぞ、早く帰んぞ。」

「あ、はい!」

は、今度は素直に従う。
さっきの『襲う奴がいても〜』と、土手に来てくれた事で、
心配してくれたんだな・・と、思ったからだ。

土手を下り始めた鷹村を追う。


「あ、鷹村さん。」

「あ?」

鷹村は土手の中腹から振り返る。

「上着・・・」

が、鷹村に上着を返そうとすると。


「・・・俺様はお前や他の小者達と違って、風邪なんかひかねーんだよ。帰るまで着てろ。」


鷹村はそう言い、土手をほぼ下り切る。


「鷹村さん。」


「っ・・あんだよ!!?」


まだ何かあるのか!?と、いい加減苛つき、半ば怒鳴りながら振り返った鷹村は、




「・・・・・ありがとうございます。」




背後にある、青白い満月の光に照らされ、ほのかに明るい逆光の中、
少し嬉しそうにうっすらと微笑むを見た。



「・・・・・・・」


土手の下からを見上げる鷹村。


「・・っ・・いーから早く来い!!」


数秒間の沈黙の後、鷹村は少し怒り気味に土手を登ってくると、
ガッとの手を掴み、土手を下り出す。

「わっわ!!転ぶ転ぶ!!」


はなんとか転ばずに、鷹村に引きずられる形で斜面を下ると、
そのまま、ズンズカと歩き進む鷹村の歩くペースになんとか急ぎ足で追いつきながらも、
それでも鷹村の背中を見る形で、二人は歩いていた。



「・・・・・・。」

鷹村の手は、この寒い中でも温かい・・・それは気持ちの面でも・・・。

「・・・・・・」

は鷹村の後ろで、密かに、にこにこしながら歩いていた。

そしての前を歩く鷹村は・・・・・




(・・・・・くっそ・・・あの数秒間の俺様が、むかつく・・・・・)



と、歯をギリギリさせていた。

そして。




「俺様は、月なんか嫌いだ!!!」



「は!?てか、そんな大声出さないでください、もう遅いんですから!」




鷹村の胸の内など知るよしもないは、この理解不能な鷹村の大声の発言に、戸惑うばかりだった。











終。


08/11/15...