特別な誕生日。













「あ、鷹村さん誕生日もうすぐですね。」


それは練習の終わったジムでのこと。

鷹村の強烈な、告白と言えるものではない、一方的な、お前は俺のもの宣言をされてからしばらくしての、
初めての鷹村の誕生日前。
は、ベンチに座りが終わるのを待っている鷹村に、お待たせしました。と、
帰り支度をすませてから声をかけた。

あの宣言以降は毎日鷹村に家まで送られている・・・。
最初は戸惑ったが、少し嬉しくもあり、今ではもう定着している。

あれから何だかんだとあるものの、
以前と同じように・・・若干、鷹村が積極的過ぎる感じではあるが、過ごしている。

そんな鷹村の誕生日、七夕を目前に控えたある夜。
は鷹村に誕生日の話題を振った。

「あー、そうだな。」

鷹村はどうでもよさげにそう言うと、よっこらせっと言いながら
ベンチから立ち上がり、ジムから出ようとする。

梅雨と夏の中間の、まだそれほど暑くはないが、
じめじめとした空気がまとわりつくような夜だった。

お疲れ様でしたー。と、ジムを出て、夜道を歩き出す二人。
鷹村はTシャツではまだ少し肌寒いからと、薄手の上着を羽織っていた。
静かな住宅街を歩きながら、話す二人。


「プレゼント何か欲しい物ありますか?あ、私が買える範囲でですよ?」

が高いものは無理ですーと言うと、鷹村は、

「そりゃお前、一発ヤらせ・・・・」

「あー!あー!あー!聞いたあたしが馬鹿でした!!!」

案の定、いつものお決まりの言葉が出てきて、
は慌てて耳をふさぎながら、少し大きめの声でそう言う。

「チッ」

と、鷹村は舌打ちをして横を向いた。

「全く、鷹村さんはそれしかないんですか・・・・」

がぶちぶちと文句を言っていると、

「てめぇがさっさとヤらせねぇからだろ。もったいつけやがって。」

と、今度は鷹村が少し小声で文句をぶつぶつと言う。

「・・・・・・・・・」

それを言われては黙り込む。

鷹村からの一方的な宣言に、未だは鷹村にYESもNOも何にも言っていない。
しかし、鷹村の中では既には自分の女なので、
こういう話になると、何も言えなくなる。

そこには触れたくないのだ。

自分も鷹村のことをどう思っているかわからない・・・。
わからないというのは卑怯かもしれないが、
はっきり見たくない物がそこにはある。
このままの、現状維持でいたいのだ。

「じゃあ、今年もタオルでいいですね。実用的だし。
去年あげたタオルも使ってくれてますしね。
今年はちょっと高めのタオルにします。」

はそう言いながら、ふふっと鷹村に微笑みかけ、話を濁した。

「あー、それでいいよ。」

鷹村もちらっとを見て、両手を頭の後ろで組みながらそう言った。






「それじゃあ、ありがとうございました。おやすみなさいー。」

「おう、じゃあな。」


の家の前まで来るとは鷹村に挨拶して家の中へと入る。
もう何度このやりとりをしただろう。
鷹村に送られるのも当たり前になってしまった。

ただいまーと、家族に声をかけると、自分の部屋へと入る。
服を部屋着に着替えてから、

「あー、つっかれたー!」

と、ぼすっと布団にダイブした。


(お風呂入ってー・・・ご飯食べなきゃなー・・・・)

ぼんやりとしながら布団に顔をうずめる。

(鷹村さん・・・誕生日プレゼント・・・タオルでいいよね・・・ほんとに・・・。)

はさっき話していた鷹村の誕生日プレゼントのことを考えた。


(・・・・鷹村さんって・・本当に私のこと好きでいてくれてるんだよね・・・・・)

そしてぼんやりとしながら、鷹村のことを考える・・・・。

(毎日毎日送ってくれて・・・何かにつけてはヤらせろとか言ってきて・・・)

は瞳を閉じながら、鷹村のことを考える。思い出してふふっと少し微笑んだ。

(私も・・・いい加減はっきりさせなきゃ・・・いけないよな・・・・)

は目を開き、仰向けになって、蛍光灯の明かりを見つめた。


自分は・・・鷹村さんのことが好きなのだろうか・・・・。
恋愛として。

毎日送ってくれるのは嬉しい。
たくさん話せるのは楽しくて嬉しい。
たまに理不尽でむかつくこともあるが、
ボクシングに対する真摯な姿も尊敬できる。かっこいいと思う。

だけど・・・・一歩踏み出すのが怖い。
踏み出したら・・・・もう戻れない。
付き合って別れたら、もう今のような楽しい時は過ごせないのだ。
そう考えると、踏み出したくないと思う。

それに何より・・・・恋愛面にうとかったため、誰かと付き合うとか、
好きだの嫌いだの言うのが、とても恥ずかしい。


(・・・・それだよね・・・一番の理由・・・・・)


は考えるだけで恥ずかしくなってきて、
あ〜〜〜!!!と、うなりながら枕を抱えた。

でも・・・

(鷹村さんと一緒にいるのは楽しいし・・・・
もし、鷹村さんが別の女の人と付き合ったら・・・って想像すると・・・・)


「・・・・・・・・・・・」


はしばし黙り込み、集中して想像する・・・・

鷹村が別の女の人と付き合って、仲むつまじく自分の前に現れたら・・・・。


(悲しい・・・な・・・・。)


胸がぐっとつまった。

やっぱり・・・鷹村のことは好きなのだろう・・・・

でも、慣れない恋愛に羞恥心を感じて、一歩踏み出せないのだ。



(でも・・・・いい加減にしなきゃな・・・・・ほんとに鷹村さん、
違う人と付き合っちゃうかもしれないし・・・・)


はそう思った。

いよいよ、覚悟の決め時なのかもしれない・・・・・。



「よし!よし!!よし!!!」


はガバッと起き上がると、一人壁に向かって叫ぶ。
何かを決意した顔だった。










そして鷹村の誕生日当日。七夕の夜。


「鷹村さんー、お待たせしましたー。」

今日もいつものように待っている鷹村に声をかける。

「おう。」

立ち上がる鷹村の側に寄り、一緒にジムを出る。



「わー!今日晴れましたねー!七夕だからよかったー!」


外に出て、ちらほらと街明かりに消されそうな星空を見上げて、
はそう言った。


「星が見えるからなんだっつーんだよ。」


そんなの頭をがしっと掴んで、ぐりぐりと回す鷹村。

「ちょ!鷹村さん!!やめてくださ・・・・!!」

首が!首が!とは言う。

「・・・・・・・」

そんなにふふっと微笑んで、鷹村は手を離した。

「・・・・・・・・・・」

その笑みが、ちょっとかっこよくてはにやけてしまいそうになり、
気まずくて下を向く。


「あ、鷹村さん。今更ですけど・・・・・」

は立ち止まって、カバンの中をごそごそとあさった。


「はい!お誕生日おめでとうございます!」


と、ラッピングされた誕生日プレゼントを差し出す。


「おー・・・サンキュ。」


鷹村は淡々とそれを受け取る。

「タオルか?」

と聞くと、

「タオルです。」

と、あはは。とは笑った。

「・・・・・・・・」

その微笑みがちょっと可愛くて、鷹村は抱きしめたくなったのをぐっとこらえた・・・。
は鷹村がそんなことを思っているとは露ほども思わず、また歩き始める・・・・。


「はぁ〜・・・・」


鷹村は小さくため息をついた。

「ん?どうしたんですか?鷹村さん。」

は鷹村のため息を聞き取り、問う。

「なんでもねーよ!」

鷹村はそう言うと、いつまでこの我慢大会をしなくてはならないのかと、
少し憂鬱になった。

でも・・・・無理強いは出来ない。
本当に、大切だから・・・・・無理をして壊したら・・・・絶対に後悔するとわかっているから・・・・。

だから、辛くても、今のままでいられるなら、それはそれでいいと思った。

いつまで我慢が出来るか自分でもわからないが・・・・。








「着きましたー。今日もありがとうございました、鷹村さん。」

の家の前に来ては鷹村に向き直り、お礼を言う。

「ん?ああ・・・・」

珍しく改まってのお礼に、鷹村は少し不思議に思いながら返事をする。

「・・・・・・・鷹村さん。」

するとは少し間を置いた後、鷹村の名を呼ぶ。

「ん?」

鷹村は下を向いていて顔が見えないの後頭部を見つめ、
返事をする。

「ちょっと・・・・・しゃがんでください・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

予想だにしないの言葉に、鷹村は黙る。
何だ?は何を考えている?と、思いながら、
鷹村が黙っていると・・・・

「ちょっとしゃがんでください!鷹村さん!」

は顔を伏せたまま、少し強めの語気でそう言った。


これは・・・・と、鷹村もが何をしようとしているのか、
大体の見当がついた。多分、自分の勘が正しければ・・・・。


「・・・・・・・・・・・」


鷹村はらしくもなく、悟られないよう少し胸を弾ませながら、
黙ったまま少し前かがみになってしゃがむ。

「・・・・あと・・・目閉じてください・・・・・」

「・・・・・・・・・」

そしてその言葉に、鷹村は少し目を見開き、驚く。
そしてこれから起こるだろうことに、胸を弾ませた。
そして目をつむる・・・・・。




(・・・・いよいよだ・・・・がんばれ私・・・・ここでやらなきゃ女がすたる・・・!)


一方は、鷹村には見えない伏せた顔は真っ赤で、
今から自分がする行動を考えて、緊張のあまり身体が震えそうだった。
わずかに震えているのかもしれない、体中の神経が張り詰めていて、
泣き出しそうな緊張感だった。

でも・・・ここでしなければ・・・・伝えなければ・・・・・


(よし!行くぞ!!!)


はそう心の中で叫ぶと、一歩踏み出した。


「・・・・・・・・・・・・」


そしてぎゅっと、鷹村の首に手を回し、抱きついた。
鷹村の少し汗ばんだ肌の感触が、体温が、引き締まった身体の感覚が、腕に伝わる・・・。


「・・・・・・・・」

鷹村は驚きのあまり、目を見開く。


「・・・・鷹村さん・・・・・・私も・・・・・多分鷹村さんが好きですっ・・・!」


そして、耳元で聞こえた、震えるその言葉に、鷹村は頭が真っ白になった。


「それじゃあ、おやすみなさい!!!」


するとすぐにパッとは離れ、そう言うと、バタバタと家の中へと入ってしまった。



「・・・・・・・・・・・」


しゃがんだままの姿で、目を開けたまま、硬直する鷹村。


(今・・のは・・・・・)


鷹村は今さっき耳元で聞こえた言葉を頭の中で繰り返す。
の抱きついてきた柔らかい肌の感触も、耳元で聞こえた声も・・・・・。


(ちょ・・・あの野郎・・・・)


鷹村はらしくなく、少し顔を赤くし、手のひらを顔にあてて、にやける顔を必死で抑えた。


(最高の誕生日プレゼントじゃねぇーか!!!)


そして心の中で叫んだのだった。







一方は・・・・


(言っちゃった!言っちゃった!!!どうしよう!明日からどうしよう!!!)


真っ赤にした顔と震える身体でダダダダと階段を上り、自分の部屋へと飛び込んだのだった・・・・。






こうして、鷹村のいつもと同じ誕生日は、
とてつもない、特別な誕生日になったのだった。















終。


2014/07/07....