スーパースターの背負うもの。
07
「このバカ者が!!!なんじゃあのインタビューは!!!!」
控え室に、会長の怒声が響く。
それもそのはず、先ほどの酷い勝利者インタビューのせいだ。
「よりによって精子じゃと!?あれが世界チャンピオンのセリフか!
全世界に恥をさらしおって!!!」
ガミガミと説教をする会長の言葉を右から左へと流している風に、
鷹村はドリンクを飲んでいた。
「終わったか?」
しまいにはそう言い放つ。
「まだまだ言い足りんわい!!!」
それが余計、会長の怒りを誘う。
「・・・悪ぃけどよ・・・今日はもう勘弁してくれねぇかな・・・。
とにかく帰って休みてぇんだよ・・・・。」
しかし、鷹村はしんみりとした表情でそう言う・・・。
それもそうだ。
先ほどまであれほどの激戦をしていたのだから・・・・。
「う・・・。」
そう言われてしまっては会長も何も言えなくなってしまう。
「まぁまぁ、源ちゃんこれくらいで。」
猫田の言葉もあり、会長は押し黙った。
「帰っておとなしくしておれ!」
「お疲れ様でした鷹村さん!」
「おめでとうございました!!」
みなそう言いながら帰っていく。
「じゃあ、私も帰りますね。鷹村さん、ゆっくり休んでくださいね!」
そう言いながらも会長たちと去ろうとした。
が。
「おい。てめーはまだ用があんだろ。」
ぬっと背後から現れた鷹村に、ガシッと首根っこを掴まれた。
「ひっ!」
は驚いて、身をすくませる。
「てめぇ!なにどさくさにまぎれて帰ろうとしてんだ!」
「だって!これから道具の片付けとかいろいろあるんですもん!!!」
「んなの、じじいにやらせとけ!!」
「会長にさせられるわけないでしょ!?」
と鷹村がぎゃあぎゃあと言い合っていると、
「あ〜、いいよいいよさん。今日は鷹村くんとゆっくりして。」
「え!?」
思いがけない言葉が、八木から飛んできた。
は耳を疑い、八木を見る。
「あとは若い者同士・・・ねぇ、会長?」
「ん・・んん・・・まぁ、節度を持ってな・・・。」
そう言いながらパタンと扉を閉め、去っていく八木と会長・・・。
「え・・・ええ!?え!ちょ!?え!?なんで!?なんでそんな・・・!?」
「あ〜?お前、んなことも気づいてなかったのかよ・・・。」
鷹村はそう言いながら鼻をほじくり、ふっと飛ばす。
「は!?」
慌てては鷹村を振り向いた。
鷹村はいつの間にか、背後から消え、元いた場所に座り、ドリンクを飲んでいる。
(え・・えーー!?なに!?周りに気づかれてたの!?
いや、え・・・いや、まぁ、一緒に帰ってたりしたからそりゃバレバレっちゃバレバレだけど・・・。)
そうか・・・周りに、気づかれてたのか・・・・会長にまで・・・。
とは一気に真っ赤になる。
(はずかしい・・・。)
「で、ほれ。」
「え?」
が一人、鷹村から離れた所で、真っ赤になっていると、
鷹村がそう言い、手を広げた。
「祝いの品をいただこうじゃねぇーか。」
ニヤリ。と笑う鷹村。
「っ・・・・・」
(これは・・・あそこへ行ったら、ほっぺにちゅーだけじゃすまない気がする・・・。)
嫌な予感がする〜〜〜!!!とはのたうち回りたい気分でいっぱいだった。
「おら!早くしろよ!俺様は忙しいんだよ!」
「え?忙しいって?もう帰って寝るんじゃ・・・。」
の言葉に、鷹村はうっと言葉に詰まる。
「鷹村さん?」
なんかあるな?なんだ?この人は次は何をやらかすんだ?と、思う。
「んなことはどうでもいいんだよ!いいからさっさとしろ!!!」
鷹村に急かされはため息をつく。
まぁ、約束してしまったものはしかたない・・・。
それに確かにあれだけの死闘を制したんだ・・・褒美の一つもやらなければ・・・。
はたして褒美になるのかわからないが・・・まぁ、鷹村が喜ぶなら・・・。
(ほっぺにちゅーだしな・・・。)
そう思いながらは近づいていく・・・。
しかし、鷹村の手の届く一歩手前で立ち止まった。
「その広げた手、下げてくれません?よくないことするでしょ。」
「あ?んだよ。」
鷹村の広げた手が気になる。
あの手に捕まったら最後、終わりだ。
会長も八木も・・・みんな帰ってしまった。
危ない・・・とても危険だ・・・。
「チッ・・うるせぇな・・・・」
鷹村はめずらしく言うことを聞き、素直に手を下ろす。
「・・・・・」
その不自然な素直さに微妙な怖さを感じながらも、早くすまそう。と、思い、
は鷹村に近づいた。
「うわっ・・・顔腫れてますね・・・右・・・は無理か・・・左かな・・・。」
はまじまじと近くで鷹村の顔を見て、そうつぶやく。
「うるせぇ、あんな見んな。」
鷹村はの顔をぐいっと押しやる。
「うっぷ!ちょっと!それじゃできなじゃないですか!ほら!右向いて!」
まったくカッコつけたがりなんだから。
と、思いながらは鷹村の顔をグキッと右へ向かせる。
そしてムードも何もないまま、さっさと終わらせようと、左の頬に唇をつけようとした。
その時。
唇が重なった・・・・。
が唇をつけようとした瞬間、鷹村がスッと顔をずらし、
が唇をつけたのは・・・・そう、鷹村の唇。
「っ!?」
一瞬の出来事に、すぐさまはバッと離れる。
「な!なん・・・!?」
「チッ・・・一瞬かよ。」
真っ赤になると、つまらなそうに舌打ちする鷹村。
「鷹村さん!!!!!」
すぐさま真っ赤な顔をしたの怒声が響いた。
「あ〜ん?」
鷹村は用は済んだとばかりに帰り支度を始める。
「ほ、ほっぺに!ほっぺって言ったじゃないですかぁー!!!」
「うるせぇな、頬も口も同じだろ。」
「同じじゃないですーーー!!!」
真っ赤になりながら口を押さえるに、鷹村はニヤリと笑う。
「別にこれ以上の祝いももらってもいいんだぜ?」
鷹村はそう言うと、嫌な笑顔を浮かべながらわきわきと両手を動かす。
「っ!・・・もう〜〜!!!鷹村さんのバカっ!!!」
そう叫ぶとは一目散にカバンとコートを持ち、バタバタと控え室を後にしたのだった。
「はいはい、おつかれさんっと・・・・」
鷹村はそう言いながら、ひらひらと手を振る。
「・・・・・・」
しかしがいなくなり、静かな控え室になると、ふっとほほえんだ。
「あ〜!終わった終わった!」
そしてバタリと仰向けに横になる。
憎きホークも倒した。
初の世界戦も終えた。
ベルトも手に入れたし。
つらい減量も終わった。
そして、最初に勝利祝いを思いついた時から仕組んでいたとの初キスも終えた。
(終わってみれば全コンプリート。さすが俺様だぜ。)
鷹村は、にしし。と笑い、立てた膝を打つ。
(あ〜あ・・・終わってみればあっという間だな・・・)
らしくなく、鷹村はしんみりとして天井を見つめた。
(勝てたか・・・)
まぁ、悔しいが苦戦はしたが・・・と、思いながらも、鷹村は拳を握り、蛍光灯にかざす。
そして試合前の・・・つい弱気になってにこぼしてしまった弱音を思い出す。
『鷹村さんは強いです!!!』
に顔を包まれ、じっと瞳を見つめられ、言われたあの言葉・・・。
あれはも不安になって言ったんだとわかっていた。
だから、自分と鷹村の不安をかき消そうと、自分たちに言い聞かせるように言った言葉・・・。
だが、鷹村の心には響いた。
そして、負けられないと思った。
好きな女が見ているのだ。負けられない。
「まったく・・・スーパースターは大変だぜ。」
鷹村はそう言うと、よっと。と言いながら、起き上がった。
(そろそろ支度しねぇとな、テレビ局に遅れちまう。)
そしていそいそと、この後に出るテレビの生放送のために着替え始める。
帰って休みたいなど嘘だ。
「あ〜あ、後はもう少し進展が早ぇといいんだけどな〜。」
鷹村はそんなことをぶつくさ言いながら、カバンを持った。
「ま、今日は上出来か。」
の唇の感触を思い出しながら、鷹村は、にしし。と、
らしくもなく、少し嬉しそうな顔で笑った。
そして控え室をちらりと見て、ふっと笑い、後にしたのだった・・・。
こうして、ボクシング史に残る名試合。
WBC世界J・ミドル級タイトルマッチが、幕を閉じた。
終。
2017/11/10...