思わず耳を疑った。
「・・・・・・」
ここは鴨川ジム・・・練習の休憩中の鷹村は、長椅子にでんっと座りながら、
ある物を見つめ・・・睨みつけていた。
「あははは!そうなんですか〜?」
「そーなんだよ〜こないだ青木がさぁ・・・・・・って、あー・・じゃあ俺!そろそろ練習戻るわ!」
「あ、練習の邪魔してごめんなさい!」
いやいや・・と、そう言うとと話していた木村は、
話しかけの会話を止め、足早にの元を去って行った・・・何故なら・・・・
(・・・まぁ〜た、鷹村さん睨んでるよ・・・)
そう、長椅子にでんと座った鷹村が、
事のついでに少し世間話をしていた二人を睨みつけていたからだ・・。
睨みつけていた理由など明白・・・
だから木村は、鷹村が何かを起こす前に、早々にその場を去ったのだ・・・。
木村や、周りの皆は『何故、鷹村が睨みつけているのか。』と言う訳には、もうとっくに気付いていた。
しかし、当の本人・・・は全く気付いてはいなかった・・・何故ならは・・・
「あたしなんて対象外でしょう。」
と、たまに話題に出る、色恋話にはいつもそう言っているからだ・・・
鷹村に限らず・・・はそう思っているのだが・・・・
鷹村がを気になって・・・
に惚れているのは・・・・
もう、周りから見れば明らかだった。
(イライラする・・・)
鷹村は、木村とが離れた後、頭からタオルを被せ、
練習で荒くなった息を、下を向き、瞳を閉じたまま整えつつそう思った。
最近、鷹村には認めたくない事実があった・・・・
それは、鴨川ジムに、事務その他雑用アルバイト。として来ているの事だ。
練習に区切りをつけ、休憩していると、つい、視界の中に探してしまう・・・
視界の中にいると、つい、目で追ってしまう・・・
自分以外のジムの男達と話しているのを見ると・・・・・
つい、イライラしてしまうのだ。
最初は、気付かない振りをしていた・・何かの間違いだろうと・・・。
しかし、日に日にそのイライラは増して行った。
だけど、認めたくはなかったのだ。
(くっそ・・・なんで俺様があんなたいして、いい乳もケツも顔も持ってない女なんかに・・・)
自分がに惚れているなどと・・・
今でも気付いてはいるが、気付かない・・振り・・というか、否定して、何も行動には移していない。
だけど、今の様につい睨んでしまう・・・他の男と話していると・・・・
どうしても、イライラが収まらないのだ。
だけど、そんな気持ちを隠し持ちつつ、今日まで過ごして来た。
もまじえ、つるんでバカやったり過ごして来た・・・
だから、このままやっていれば・・・・何が、なんとかなるのかと聞かれれば、答えに困るが、
なんとかなるのではないかと思っていた・・・・
「シッ!・・シッ!シッ!」
そんな毎日を送っていたが、期待とは裏腹に、日に日にイライラは積もり、増すばかり・・・。
イライラをぶつけるかの様に・・・というか、事実ぶつけたのだが、
ドォン!と、鷹村はジム中に響く様な、強烈な右をサンドバッグに叩きつけた。
「・・・・・・・・」
皆がその音と迫力に圧倒され、固まっていると、
鷹村はふぅー・・と息を吐き出して、周りの目も気にせずに、ベンチへと向かった。
そこへ・・・
「・・・鷹村さん、凄い右でしたねー・・」
事務に使う書類を小脇に抱えたが、鷹村の座ったベンチの前を通り過ぎようとして、
途中で足を止め、何気なく声をかけた。
「・・・・・・」
鷹村はを見つめる。
「・・?・・なんですか?」
は鷹村に、じとーっと見つめられ、少し気まずさに、苦い微笑みを浮かべながら、首を傾げる。
「・・・なんでもねぇーよ。俺様のパンチはいつでもすげーんだよ。」
鷹村はそう言いながら、傍らにあるタオルを手にする。
「あはは、まぁ、確かにそうですけどねー。」
はそう言葉を返す。しかし。
「なぁにがいつでも凄いじゃ!なんじゃ!今の力任せのパンチは!拳を痛めるわい!!」
の背後から、いつものあの怒声が聞こえてきた。
「・・・か、会長・・」
はびっくりした・・と、呟きながら振り返る。
「・・・・んだよ、じじぃ・・うっせぇなぁ。いつも通りだろうに。」
鷹村は椅子に身を預けて、仰け反りながら適当に返す。
「何がいつも通りじゃ!わしの目が誤魔化せるとおもっちょるのか!」
そんな鷹村に会長は近づくと・・・・
「・・・・貴様・・最近なんか変じゃぞ・・何を考えておる・・・」
会長は鷹村にそう言った。
「・・・・」
鷹村はピクッと少し反応した後、身を起こした。
そして、立ち上がる。
「別になんもねーよ。なんも変じゃねー、いつもの俺様だろーに。」
そう言うと、鷹村は口笛を吹きながら歩き出し、その場を去ろうとする。
「待て!まだ話はおわっちょらん!!」
しかし、そんな鷹村を、会長は引き止めようと腕を掴む。
「・・・・・・・・」
近くにいた共々、皆が黙り込み、ジム内が静まり返り緊迫した空気が流れる。
「・・だからなんでもねぇっつてんだろうが。」
会長の言葉に、鷹村は徐々にイライラを表に見せ始め、
チッと舌打ちすると、会長の腕を払い除け、歩き出そうとする。
会長に最近の様子を・・・
段々、練習に身が入らなくなって行くのを見透かされていたのが・・・
そして練習を疎かにしてしまうそんな自分が・・・
自分で自分に一番ムカついていて・・・
鷹村はここの所、余計に苛立っていた。
しかし、どうすればいい。
会長に『恋愛相談』でもしろと言うのか。
何にせよ、自分のこの気持ちを、誰かに言う事など出来ない。
したくないし、しない。
鷹村のプライドが、そうはさせないのだ。
それに・・・実は未だに自分でも見て見ぬ振りをしている。
自分の・・に対するこの気持ちを・・・・
「・・・・・」
会長の腕を払い除け、歩き出そうとした鷹村の・・視界の隅に見えた、
の少し怯えた様な、戸惑っている様な顔を見て・・・鷹村の胸の内は、もっとやるせなくなった。
そこへ。
「・・・こんにちは・・・」
ガラッと、ジムの扉が開いた。
静かな挨拶をしながら入ってきたのは・・・いつもと変わらない無表情とも言える表情を、
整った顔立ちに浮かべた・・・・
「・・・宮田君・・」
そう、ぽつりとが呟いた名の人。
一歩と闘う為にこのジムを辞め、移籍した、宮田一朗だった。
「・・・・・・・書類・・取りに来たんですけど・・・取り込み中ですか・・・」
宮田はジム内の雰囲気と、鷹村と会長を見て状況を察したのか、
出直しますけど・・と付け加えながらそう言った。
「み、宮田君!久しぶり〜!元気だった!?書類・・ああ!八木さんから聞いてるよ!ですよね!会長!」
は、その場の空気をなんとかしようと、宮田に駆け寄り、明るめの声で話を進める。
「あ、ああ・・そうじゃったな・・・どうじゃ、最近、調子の方は。」
会長も、ゴホンと誤魔化しの咳をした後、宮田に話しかける。
「ええ、順調です・・・」
宮田も会長の言葉に淡々と答えた。
「・・・・・・」
そして鷹村も、書類を取りに会長が事務室へ去った後、
一時ばつが悪くて横に向けていた顔を、ふいと、宮田の方に向けた。
そこには、宮田との立ち並ぶ姿・・・・
「一歩君は今、ロード中なんだ。残念だったね。」
は宮田に話しかける。
「・・・別に、あいつに会いに来たわけじゃない。それに、あいつがいたらまた面倒だ・・。」
「ふふふ。あ、そうだ!この間の試合、密かに観に行ってたんだ〜。おめでとう!」
は、宮田におめでとうの言葉と、笑顔を贈る。
「・・・来てたのか・・わざわざ・・」
宮田は少し驚いた表情をする。
「うん!そりゃもちろん!きれ〜いに早々と試合が終わって少し残念だったけどね。華麗な勝利でした。」
「・・・どうも・・」
笑顔のに対して、宮田は溜息をつきながら、感謝の言葉を投げやりに言うと、
腕を組み、瞳を閉じて、窓枠に寄りかかった。
「・・・・・・」
しかし、その宮田の顔には、長年連れ添った物しか気付く事の出来ない、
宮田のほんの僅かな表情の変化が・・鷹村には見て分かった。
鷹村は、にこにこと話すと。
「・・・ここでお喋りしてて良いのか・・仕事、戻れよ。」
瞳を閉じたまま、溜息を吐き、飽きれた感じに言いつつも、悪意は感じさせない。
どちらかと言うと、照れ隠しで好意的な宮田を見て・・・・
「ああ、そだね。マズイマズイ・・・多分、会長書類の場所分からないと思うし・・・。」
「・・・俺も行くよ・・」
「え?来てくれるの?」
「・・なんだか、どこにあるのか分からなくて、結局俺も探す羽目になりそうな気がするんでね。」
「な!場所ちゃんと分かってるもん!!」
二人がそんな会話をしながら、鷹村の前を通り過ぎようとし・・・
を挟んでチラと、宮田が鷹村の瞳を見た。
「・・・・・・・・・・・・」
その瞬間、鷹村の中で、何かが切れる音がした。
「ぅっ・・!」
ガクン!と、視界が崩れ、首が痛く、息が苦しくなった。
は叫びにならない叫び声を上げ、咄嗟に前襟を掴む。
そのまま訳が分からないまま、視界がガタガタと大きく揺れ、
足が縺れ、足裏が床についていられず、引きずられて行く・・・
喉元は痛く、息は苦しく、どんどん自分の身体が物凄い力で、
リングのある練習室から引きずられて、遠ざかっていくのが・・・
苦痛に細めた瞳で捉えられる、揺れる視界の中で分かった。
鷹村が、いきなりの後ろ襟を掴み、引きずりながら歩き出したのである。
何かが切れた鷹村は、ガタっと椅子から立ち上がると、
の服の後ろ襟をガッと掴み、力加減も構わずに、そのままズンズンと歩いて行き、
リングのある練習室から、廊下へと続くドアを開け、
バンッ!とを引きずったまま、出て行ってしまった。
「・・・・・・ちょっ!」
宮田は突然の鷹村の行動に、しばし呆然とした後ハッとし、
二人が去った扉へと、急いで駆け出そうとする。
あの行動は、いつも尋常ではない鷹村の行動にしても、度が過ぎていた。
自分は今、鷹村に挨拶をしようとしただけなのだが・・・・・
鷹村の尋常じゃない行動にの身の危険を案じる。
「宮田!」
「!」
しかし、呼び止められた宮田が振り返ると・・・
その声の主、木村は、スパー中だったリングから身を乗り出し、宮田に伝える。
「・・・少し・・待っててやってくれ・・・荒治療だけど、
ちゃんには悪いけど・・・もしかしたら、全部解決するかもしれねぇ・・・」
「・・・・・」
木村に呼び止められ、訳の分からない事を言われるが・・・
宮田は怪訝な顔をしながらも、溜息をひとつ吐くと、足をそこに留めた。
「っ・・!ぃっ・・・!」
後ろ襟を掴まれたまま、鷹村に引きずられているは、足裏が床に着いていない今、
全体重が前襟が食い込む喉元にかかっている痛さと、苦しさに、声にならない叫び声を上げながら、
未だに自分が今どういう状況なのか、理解していなかった。
まさか鷹村が自分を物凄い力で引っ張っているとは思わず・・・はとにかく、
出ない声や手足をばたつかせ、この苦しい状況をなんとかしようと『何か』に訴えかけるが・・・
頭に血が上っていて、何も見えていないのだろう・・・鷹村は無言のまま、足をそのまま進め続ける。
そして更衣室のドアをバンッ!と、扉が壊れるかの勢いで開くと、
鷹村はを更衣室に並ぶロッカーの扉にガシャン!と放り投げ、
また凄い音を立て、更衣室のドアを閉めた。
「・・・・ふぅー・・」
そして鷹村はに背を向けたまま、閉じた扉に手を着き、瞳を閉じ、一つ大きく息を吐くと、
落ち着きを取り戻しに身体を向ける。
しかし振り返り、鷹村が眼にしたのは・・・・
「・・・・・・・」
前襟と首元を握り締め、瞳いっぱいに涙を溜め、
眉間に皺を寄せながら『何で?』と問い掛けているの表情と、
怯えと恐怖と疑問と悲しさであふれている・・滲み伝わってくる様なの瞳だった・・・
「・・・っ・・うっ・・」
鷹村が振り返り、呆然とを見つめ続けるとは恐怖からなのか、
合わせた視線を外しながら涙と嗚咽を零し、膝を抱え丸くなった。
必死に押し殺しているのだろう、嗚咽が漏れて静かな部屋に響き渡る・・・
そして自分を抱き締めるように回した手で、涙を堪える為にぎゅうっと自分の服を掴んでいた・・・
「っ・・・ぁあ〜〜〜〜くっそ!!!」
その姿を見て鷹村は、バンッ!と更衣室の扉を・・悔しそうな・・悲しそうな顔で、
ぎゅっと固く握り締めた拳で叩いた。
扉がへこむ位のその大きな音にはビクッと身体を震わせると、
更に怯えたように、自分を抱き締めるように回していた腕に、更に力を込める。
ぐっと堪えていながらも、嗚咽の声は徐々に大きくなる・・・・
にとって、今の状況は何が何だか・・・・さっぱり訳が分からない。
いきなり息が出来なくなる程の、無遠慮な力で引きずられ・・・ロッカーに叩き付けられた・・・
そしてそんな事を自分にした人物が・・・・今までそんな事など一切なかった・・・
いつも一緒に楽しく過ごして来た・・・
鷹村だったのだ・・・
ロッカーに叩き付けられた時に、痛む喉を押さえながら、
扉の前に立っている・・・その背中を見て・・・・・
『鷹村がこれをした。』
と分かった時・・・出て来た言葉は・・・『なんで?』の一言だった。
だがそんな疑問よりも、その人物が鷹村だろうが誰だろうが、それより何より・・・
怖くてたまらなかった・・・。
だから、鷹村と目を合わせて・・・いつもならただ鷹村が見下ろしている・・・
と思うその状況でもには恐怖でいっぱいで・・・・瞳をそらして、膝を抱えてしまった。
は元レディースでも、格闘技関係をやった事もない。
至極平凡に暮らしてきた平凡な女だ・・・・だから・・こんな事を・・・
しかも、鷹村の様な体格の人にされたら・・・・怯えて泣いてしまっても、当然である。
まさか鷹村が、自分と宮田の楽しく話す姿に、イライラが限界に来ていて・・・
そして、宮田のあの瞳に・・・何かを勝手に勘違いし、ブチ切れて、
そしてこうして連れて来られたなどと・・・
全ては単なる鷹村の嫉妬・・・勝手な、そして強烈な独占欲などとは・・・
は知るよしもないのだ。
(・・・くっそ・・なんでこんな事になってんだ・・・・)
そして今、鷹村も・・・どうして良いか分からず、混乱していた。
自分の気持ちを認めたくなんてなかった。
だから分かりきっていたけれど・・見ない振りをして、誤魔化していた。
その結果がこれだ。
自分が、目の前の光景に耐え切れず、我を忘れてしまい・・・
結果、目の前で怯えて・・泣かせている・・・・
(・・・何やってんだ・・・俺・・・)
鷹村は自分に呆れ、後頭部をガリガリと掻いた・・・そして、瞳を閉じる。
「た、鷹村・・・さん・・・」
するとが震える声で、鷹村の名を呼んだ。
鷹村はパッと瞳を開く。
「ご、ごめんな・・さい・・・・」
そして、開いた瞳で鷹村が見つめたは・・・・
あのままの・・床に座り、顔を伏せて、小さく丸まったまま・・震える涙声で、鷹村にそう謝った。
「・・・・・・・」
鷹村は思った。
(なんで、お前があやまんだよ・・・)
鷹村はつい、眉間に皺を寄せてしまう。
謝るのなら自分の方だ。
もちろん、鷹村は自分から謝るなど、今までしたかしないか・・覚えていない。
というかした事がないんじゃないか・・という位だ。
だから自分から謝るなどという思考もわかない。
だが、今はすんなりと、そう思った。
「・・・・・・・」
人の胸の内など、今まで考えようともしなかったが・・・・
今、鷹村はの胸の内を考えている・・・。
自分が何かしたから、鷹村が怒ってこうなったと思い・・・それで謝ったのか・・・。
それとも、訳が分からないから、どうしたら良いのか分からなくて、
ただただ怖くて、恐怖に、自然と・・謝罪の言葉を口にしたのか・・・。
人の事など・・今までどうでも良かったのに・・・・
「・・・・・」
鷹村は、薄汚れた天井を見上げる。
・・今のを見ているだけで・・・・鷹村の胸は、初めて、痛くなった。
自分のせいで、自分が意地を張って、くだらないプライドのせいで・・・
それでを今、こんなに怯えさせ・・・泣かせている・・・
どうすればいい・・・どうすれば・・・・・
「・・・・・」
鷹村はに近づく・・・
「・・!」
自分が近寄るのを感じの身体が強張るのが、鷹村には分かった。
それが・・凄く悲しかった。
「・・・・・・」
「・・・・・わりぃ・・・」
鷹村は、そう言った。
の耳元で、呟くように、囁くように・・・静かにそう言った。
身体を強張らせて、ぎゅっと丸まっていたを、
鷹村はぎゅっと・・上から優しく覆う様に、丸ごと抱き締め、
伏せているの首元に額を乗せると、呟くようにに謝ったのだった・・。
「・・・・」
の身体の強張りが解けていくのを、鷹村は感じる。
「・・・わりぃ・・・つい、よ・・・」
鷹村のその言葉にはもぞっと動くと、そっと顔を上げた。
「・・・・・・・・」
はやはり泣いていた。
分かり切ってはいたが・・・
そして至近距離で、二人は顔を合わせる。
は怪訝な眼差しで、鷹村を見つめる。
潤んだ瞳と、次々にあふれ落ちる涙と、もう大丈夫なのかと・・伺う様なの表情が・・・
鷹村の無いに等しい罪悪感を打つ。
「・・・くそっ、バカヤロウ・・お前が悪いんだよ・・・」
鷹村は悪態を吐きながらも、顔を上げたを、更にぎゅっと抱き締め、抱え込んだ。
「・・・っ・・うっく・・うっうぅ〜〜・・・!」
はいつもの・・・いつもよりも断然、優しいのだが、
いつもの鷹村がそこにいて・・・ほっとした安堵感からか・・涙が溢れて止まらなかった・・・
そしてどんどん嗚咽を零すを、鷹村はその度、悪態を吐きながら抱き締めるのだった。
しばしの間は何も考えずに、鷹村にしがみついてひとしきり・・・泣いたのだった。
「・・・・イライラするんだよ・・」
が泣き終えて、呼吸も落ち着いて来た頃、鷹村はを抱えたまま、ぽつりとそう言った。
「・・・・へ・・?」
床に二人で座り込みながら、鷹村に抱えられたままのは、鷹村の顔を見上げる事もせず、
泣き終えて少しぼうっとする頭で、気の抜けた返事をすると、
鷹村はの両肩をガッとつかみ、バッ!と自分の身体から引き剥がし、不機嫌な顔でを見つめ・・・
もとい、睨み付け・・言い放った。
「てめぇが他の野郎と話してるとイライラするんだよ!」
「・・・・・・・」
突然言われたそんな言葉には口を半開きにして、呆然とするしかなく・・・
「お前は今日から俺様のもんだ!!いいな!わかったか!ありがたく思いやがれ!!!」
鷹村はの肩をつかんだままの瞳を真っ直ぐに見つめ、耳が痛くなる程の大声でそう言うと、
立ち上がり、どかどかといつもの様に偉そうに歩い行き、
更衣室の扉を開け、バンッ!と閉め、去って行ってしまった・・・。
「・・・・・・・・」
は泣き終わった直後なのもあり、そのまま呆然と・・しばしその場に座り込む。
するとガチャッと、また扉が開いた。
がビクッと少し身体をビクつかせ、扉を見ると・・・・・
「・・ちなみに今日っつたけど・・今からだかんな・・・」
少し開いた扉の隙間から・・・顔を半分だけ出した鷹村がそう言い・・・
言い終わると、ススス・・と顔をしまい、静かにパタンと扉を閉め、行ってしまった。
「・・・・・・・・」
は更に呆然・・・唖然としながらも、徐々にさっきまでの事が、
色々と頭の中ではっきりしてくる・・・。
襟を掴まれ、窒息する勢いで引っ張られて来た事・・・・
そしてロッカーに叩き付けられ・・・
抱き締められ・・・謝られ・・謝られ・・・・自分が晒した醜態も・・・
そして、最後のあの言葉。
『てめぇが他の野郎と話してるとイライラするんだよ!』
『お前は今日から俺様のもんだ!!いいな!わかったか!ありがたく思いやがれ!!!』
「・・・・・・」
この言葉と、さっきまでの行動は・・・というか、全てこの一件は・・・
普通ではないが・・・鷹村の場合の・・・鷹村なりの・・・・
どう考えても・・・そういう・・・・事・・・・?
「・・・ない・・・・・ないない・・・・・ないないない!!ありえない!!!」
は顔を真っ赤に、耳まで赤くさせながら、顔を両手で覆い、
床に座り込んでいたそのままで、背を丸め、床に突っ伏さんばかりの体勢で、思わずそう叫んだのだった。
それは、嬉しいやら恥ずかしいやら困ったやら・・・色んな物が交じり合った、叫び声だった。
だがとりあえず・・・あの言葉を・・あの言葉の数々を思い出し・・・・
思わず耳を疑った。
終。
2009/05/29....