願いを空へ・・・。













病院の、独特の香りが鼻をかすめる。


「・・・・・・・・・」


鷹村は今、総合病院の入院病棟を歩いていた。
花や果物など、お見舞いの品は何も持っていない。
ズボンのポケットに手を入れ、のそのそと、ある病室へと向かい歩いていた。

個室の部屋の前まで来ると、鷹村は少し扉の前に立ち、そして扉を開けた。


「おう。」

そして部屋の中へと入りながら、ベッドを少し起こし、寄り掛かりながら、
窓の外を見ていたに声をかける。

「あ、鷹村さん。」

鷹村の声に、頭にはニット帽をかぶり、痩せた身体のは嬉しそうにほほえんで、
出せる精一杯の少し小さめの声で、鷹村の声に言葉を返した。

「今日も来てくれたんですか?毎日来てて大丈夫なんですか?
ちゃんと練習してくださいよ。」

隅にある椅子を持ってきて、ベッドの脇に座る鷹村にはそう言う。

「でーじょーぶだよ。ちゃんと練習してっから。人の心配より自分の心配しろ。」

鷹村はそう言いながら、ふぅっと腕組をして息をつき、片目をつぶった。

「そうですね。」

元気だった頃とはまったく違う、痩せて、青白い顔をしたは、
小さい声でそう言うと、ほほえんだ。

「・・・・・・・・・」

鷹村はのそのほほえみを見るたびに、
こみ上げてくるものがある。

しかし、そのまま素直にそれを出しはしない。

それにもう、数え切れないほど、同じ経験はしていた。


「でも、今日来てくれてよかったです。よかったー。」


はそう言いながら、にこにこと嬉しそうにほほえんで、
ベッドの脇にある紙袋に手を入れる。

そして、取り出したのは、青いストライプの包装紙で包まれた、両手を広げた位の包み。


「鷹村さん、お誕生日おめでとうございます。」


はにっこりとほほえんで、かすれた声でそう言った。


「・・・・・・・・・」


そう、今日は7月7日。
鷹村の誕生日だ。


「あー・・・そういえばそうだったな。」


鷹村は忘れてたわ。と、言いながら、包装紙に包まれたそのプレゼントを受け取る。


「あんがとよ。」


そう言いながら、鷹村は少しほほえんだ。


「・・・・・・はい。」


鷹村のほほえみが嬉しくてはにこりと笑った。

「何くれたんだ。」

開けていいか?とも聞かずに、ビリビリと包装紙を開けるところが鷹村さんらしいな。
と、思いながらは苦笑する。

包装紙の中から出てきたのは、ごく普通の白いタオルだった。

「なんだよ、タオルか・・・・」

鷹村はチッと舌打ちしながら渋い顔をする。

「なんだよって何ですか。どうせ鷹村さんは練習に使うもの意外をあげたら、
押入れ行きになっちゃうでしょ。」

はまったく。と言いながら、けれど、鷹村さんらしいな・・と思い、少し呆れたように息をついた。

「それに、そのタオルただのタオルじゃないんですよ。
今治の高級日本製タオルなんですから。肌触り抜群ですよ。」

付け加えては言った。

「あー・・そうか・・・・あんがとよ。」

鷹村はそう言いながら、タオルを見る。
すると、あることに気がついた。

「・・・・・これ、誰のイニシャルだ?」

タオルの端に、自分の物ではないイニシャルが刺繍されていた。

「・・・・・・・・・・」

はそう言われると、うっと言葉に詰まり、気まずそうな表情で、
顔を伏せた。

「あ?・・・・・ああ、お前か。」

そして鷹村は、それがのイニシャルだと気付く。

「・・・すみません・・・やめようかと思ったんですけど・・・・
そのタオルのもう片方の端には、ちゃんと鷹村さんのイニシャル入ってるんで・・・・。」

はそう言うと、恥ずかしそうに顔を鷹村とは反対に向けた。
恥ずかしさで青白い顔の頬が、少し赤くなっている。

「・・・・・・・・・」

鷹村はそれを聞くと、タオルを開いた。

そのタオルはフェイスタオルでが言ったとおり、
右端には、左端には鷹村のイニシャルが赤い糸で刺繍されていた。


「・・・・・・・・・・・」

鷹村はそのタオルを見て、何も言えない。

もしが入院する前なら、何でお前の名前まで入ってんだよ。
と、突っ込みを入れただろうが、今は・・・そんなことは言えない。


おそらくこれが・・・・から貰う、最後の誕生日プレゼントになるだろうからだ。


「・・・・・・・・・」

そしての、自分がいたことの痕跡を残したい・・・という気持ちも、
鷹村には察することができた。


自分はもうすぐいなくなる。

だけど忘れないで欲しい。

鷹村さんのそばに・・・・となりにいたことを・・・・。



忘れないでというのは自分勝手かもしれない。
自分がいなくなった後、一応、恋人である鷹村は、きっとつらい思いをするだろう。
早く忘れてしまった方が、鷹村にはいいのかもしれない。
はそう思ったのだが・・・・どうしても、消える自分を忘れて欲しくなかった・・・・。



「あんがとな。」


鷹村はそう言うと、顔をそむけているの頭に、
ポンッとその大きい手をのせた。

「・・・・・・すみません・・・ありがとうございます・・・・・」

はそう言いながら、恥ずかしさをごまかすように、
えへへ・・・っと笑って、鷹村へと顔を戻す。

「あ、そういえば、今日七夕だから、入り口のホールに笹ありましたよね?
この間、看護婦さんが短冊持ってきてくれて、私も書いたんですよー。
鷹村さんも帰る時なんか書いて行ったらどうですか。」

は気まずいのか、突然そんなことを少し早口で言う。

「かかねぇよ、そんなもん。」

しかし、鷹村は手を戻しながら、ケッと言い放つ。

「まぁ、神様に願い事なんて、鷹村さんらしくないですからね。」

はそう言うと、にっこりとほほえんだ。

「・・・・・・・・」

頬がこけて、青白い顔でほほえんだその笑顔に、
鷹村はまた、こみ上げてくる物を感じ、ぐっとこらえた。

は、織姫と彦星は神様なのかな?などと言っているが、
鷹村の耳にはあまりよく入ってこなかった・・・・。


「・・・さて、帰ぇるか。」

鷹村はそう言うと、椅子から立ち上がる。

「あ、帰りますか?」

は立ち上がった鷹村に、少し淋しそうな顔をする。

「・・・・まぁ、多分明日も来るからよ。じゃあな。」

鷹村はそう言うと、ニット帽をかぶっているの頭をぽんぽんっとなでた。

「・・・・はい。また、明日。」

は嬉しそうに、青白い顔でほほえんだ。

「・・・・・・・・・・」





そのまま、病室を去り、エレベーターに乗り、入り口の玄関ホールまで来ると、
の言った通り、笹が飾られていた。

「・・・・・・・・・」

鷹村はなんとなくその笹へと向かい、飾られている短冊を見る。

そのほとんどが、病気がよくなりますように、早く退院できますように、
みんな元気でいられますように・・・という健康面のお願いだった。

「・・・・・・・・・・」

そんな短冊を見て、鷹村は瞳をふせる。

そして次の短冊を手に取ると・・・・・


「・・・・・・・・・・・・」


鷹村は目を見張る。
そして、そのまま数秒、呆然とその短冊を見つめた・・・・

「っ・・・・・・」

しかし、こみ上げてきた物が目からあふれそうになるのを感じると、
目元を押さえながら、鷹村は足早にその場から離れた。


そして鷹村は、まだ梅雨が明けない少し蒸し暑い外へと出て行く・・・・。


(くそっ・・・・くっそ・・・・!)


鷹村は心の中で何回もそう言うと、ぽつぽつと降ってきた雨を、立ち止まって見上げた・・・。


雨は、零れ落ちる鷹村の涙を、誤魔化してくれた・・・・・。










『また、来世でも、鷹村さんと出会えますように。』


















終。


2015/07/08....