見つめ続ける、リングの上を・・・。













それは、世界前哨戦・・・・


「うそだろ・・鷹村さんが・・・」

「くそっ・・減量さえなければ!!」

静まり返る後楽園ホールの中、独り言の様につぶやく青木、木村の声を聞きながら、


「・・・・・・・・・」


は戸惑いの表情で、じっとリングの上を・・リングの上の鷹村を、見つめていた・・・





減量に失敗し、フラフラな鷹村でも、きっと大丈夫だろうと思っていた。
いつも通り、淡々と倒して、自慢げに返って来ると、信じて疑わなかった。

それはきっと、今まで鷹村と過ごしてき、鷹村の試合を観てくれば、誰しもがそうだろう。


だから想像もしなかった、出来なかった。



こんな事態になるなんて。






「・・・・・・」


は周りで騒ぐ人々や、声を出して応援する鴨川ジムの皆の声を耳に入れつつも、
それはただの音となり、頭の中を通り抜けさせ、ただ呆然と、リングの上の試合展開を見つめていた。


信じられなかった。

あの鷹村が、打ち負ける。殴られる。苦戦する。


もしかしたら・・・・・


の頭に最悪の事態が浮かぶ。


「ほら!一歩!!てめぇも、もっと声だせ!!」

「鷹村さーーーーん!!!」


周りのみんなの様に、声を出して応援しなきゃいけないと思った。
だけど、声が出ない。
というより、リングから目が離せずに、そんな余裕などない。

じっと息をのみ、試合の展開を、鷹村を見ていることだけしか出来ない。


「・・・・・・」

気付けば目の前にある、銀色に輝く立見席の柵に腕を乗せ、手のひらをぎゅっと握り合わせていた。
手の内側には汗をかいている。
これが冷や汗という物なのだろうか・・・とはリングを見つめ続ける中、ちらと頭の隅で思う。

試合は長引き、そして・・・どんどん悪い方向へと向かって行く。



「・・っ・・・」



は握り締めた両手を、口元に持って来て、身体を強張らせる。
フラフラで戦い、殴られる鷹村を見ていると、自然と自分の身体にも力が入ってしまうのだ。

「・・・さん、大丈夫?」

すると、隣に立っていた一歩が、そんなの様子に気付き声をかけて来た。

「・・一歩くん・・・」

は一歩を、戸惑いと泣き出しそうな瞳で見つめる。

「たか、鷹村さん・・・鷹村さん・・どうしよう・・・」

そして、悲痛な顔をしながら一歩にそうつぶやく。

薄暗いホールで、はっきりと見えない互いの顔。
だがが泣き出しそうな顔をしているのは、一歩には分かった。
文章になっていない言葉が、騒がしい周りの声にかき消されそうだ。
そんなの表情や声・・握り締めた両手。全てが、今のの胸のうちを物語っていた。

「・・・・・」

一歩は何も言えない。
自分も同じ気持ちだからだ。

何か言いたい。自分にも言い聞かせる為に。
だけど・・・言葉が見つからない・・・・・・・

「っ・・・・」

やっと絞り出した言葉は・・・・


「・・信じよう・・・鷹村さんを・・・・」


その一言だった。


「・・・・・・・」

は言葉もなく、頷き、また目をリングへと戻す。
握り締めた両手は、口元に当て、更にぎゅっと力を込める。

そして叫ぶ。心の中で。



鷹村さん・・・負けないで。



頑張って。


お願い。





負けないで・・・・・






しかし無情にも、試合はの願いとは反対へと進んで行く。
静まり返る後楽園ホール。

「・・・・・・」

気を抜けばの瞳からは涙があふれ、止めどなく流れ落ちるだろう。

目を背けたかった。
見ていたくなかった。

見ているのが辛かった。


だけど、目を背けてはいけないと、何故だかは思っていた。


辛くても、見ていなくてはいけない。

目を背けてはいけない。



目を背ける事は、鷹村に対する・・・裏切り、否定、侮辱。



あやふやで、言葉にするのは難しいが、それらに似た何かだとは無意識のうちに分かっていた。



だから、背けたい気持ちを必死に堪えは見つめ続けた。





リングの上の、鷹村の姿を・・・・・・













終。


2009/05/20....