また、これから一緒に・・・。
風邪を引いた。
というか、インフルエンザだった。
だから、一週間以上寝込んで、それからも数日間ワクチンを打った家族だけの家に隔離された。
微妙にウイルスを持ったまま外に出て、よその人に移したらいけない。
特に、ボクサーになんて移したら大変。
謝っても何しても取り返しが付かない。試合前の人になんてそれこそ論外だ。
だからジムには、約3週間は行かなかった。
近寄らないし、ジムの皆にもジム以外でも会わない。
会長や八木さんに電話して、身体が回復してから皆からの電話に出たり話したりしたけど、絶対に会わなかった。
もう、大丈夫だろ?と、ジムの皆に言われても・・・・
試しに友達と遊んで移らないか実験してみて・・・そして、確認してから。
私はやっと、ジムへのバイトに復帰した。
(・・・・うわぁ・・何か懐かしい感覚がする・・。)
鴨川ジムへ向かう道。
3週間前までは、頻繁に歩いていたその道でさえも、懐かしく感じながら、
は鴨川ジムへと向かっていた。
今日は、ようやくジムのバイトの復帰日。
もう友達数人で実験したから、大丈夫・・・・な、はず。
とは少し不安を抱えながらも、ジムへの道を歩いていた。
この角を曲がって・・・・
あのパン屋を通り過ぎて・・・
は、鴨川ジムへと続く道を歩きながら、先の風景を思い出し、足を進める。
そして、鴨川ジムが近づく・・・・
「わ・・・・」
思わず、声に出してしまった。
少し遠くに見える『鴨川ボクシングジム』の文字と建物。
(・・・・・なんでだろう・・・)
は、胸の中で一人つぶやく。
(・・・・なんで、あたしこんなにドキドキしてるんだろう・・・)
は少し緊張にも似た気分を味わっていた。
しかしそれは、やはり嬉しさで・・・。
でも少し、やっぱり約3週間ぶりに訪れる訳だから、
何だか自分の居ない間に何かが変わっているかな?と言う不安もあったりして・・・。
少しの不安の緊張と、嬉しさの入り混じった・・・自分でもよく分からない複雑な想いに襲われていた。
それでも歩き続ければ、もう、見えている距離なのだからジムへはあっという間に着いてしまう。
「・・・・・・・・」
は扉の前で立ち止まり、なんとなく入るのを少し躊躇う。
しかし、すぅ・・っと、少し深く息を吸い込み、そして吐き出し終わると、がらっと一気に鴨川ジムの扉を開いた。
「お、おはようございまーす。」
つい言葉が詰まってしまった。
しかしそれでも、ごく自然に、以前の様に挨拶をして中へと足を踏み入れた。
すると・・・・・
「「「・・・・・・・・」」」
「っえ・・・」
皆がピタッと練習を停止し、バッと入り口・・・・を見た。
さっきまで様々な練習の音が響いていたジム内が、シンッ・・・と、静まり返る。
そんな中、皆に凝視されているは、思わず小さな声を上げて、ほんの少し、後退りした。
「おお!ちゃん!!おかえりーー!」
しかし、静まり返るジム内で、皆と同じく練習を止め、
こちらを黙って見ていた木村が、最初にそう声を上げてくれた。
「おー!このジム内に久しぶりに女の子の声が響いたから、つい、手止めて振り返っちまったよ!」
木村に続き、青木もそう言う。
「さんー!インフルエンザもう大丈夫なの!?良かった〜!!」
一歩もそう言い、三人は近づいてくる。
他の顔見知りのジム練習生からも、おかえりー、おかえりなさいーと、声をかけられた。
「・・え、あ・・は、はい!もう、大丈夫です!!」
は、しどろもどろにそう言葉を返す。
「とか言って・・まだウイルス持ってんじゃねぇのかぁ〜?近寄ると試合出れなくなるぞ。」
そしてそう言いながらも、鷹村ものっしのしと、歩いてきた。
「・・・・・・・」
の目の前に、木村、青木、一歩、鷹村がいる・・・・。
インフルエンザでジムに行けなくなった前と、なんら変わらない・・いつもの4人がいる。
それぞれ、変わらない声で、変わらない口調で、変わらない性格から出る言葉を・・・
みんな、発していた。
「・・・・・・」
その光景を見て、何だかは言葉が出なかった。
ぽかん、と。
ただただ、何も考えずに、何故かその光景を見ていた。
「ちょ、ちょっと鷹村さん!そんな事言わないで下さいよ!!気にしないでね!さん!!」
黙り込んでしまったに、一歩が鷹村の言葉のせいだと思い、焦ってに気を使う。
「・・あっ!あ、うん!!大丈夫大丈夫!そうじゃないから、気にしないで。」
は慌てて微笑む。
「・・ったく、あんたって人は、何でそうなんすか。折角治って復帰して来てくれたのに。」
そして、木村が舌打ちしながら鷹村にそう言う。
「だよなー。ちゃんが来ない間、一番イライラそわそわしてたくせに。」
ニシシ。と、鷹村を横目で見ながら青木は言う。
あ、それは・・・・
と、木村と一歩が思うのと同時に・・・
「あんだと?」
ガッ・・と、いつの間にか青木の背後に回っていた鷹村が、青木の首に腕を回していた。
「誰がイライラそわそわ淋しかったってーー!!??」
そして、額に青筋を立てながら、大声で怒鳴り、鷹村はその腕をぐっと引き、青木の首を絞める。
「ぐぁ!!誰も・・さび・・し・・・!!!」
誰も淋しいとまでは言っていない。と、言い終える前に、
青木は気道を締め上げられ、言葉・・・息さえも出来なくなった。
だからそれは、言っちゃいけないのに・・・
と、ピクピクと青く動かなくなっているが、それでも首を絞められている青木から目をそらし、一歩と木村は思う。
「・・・・っく・・あははは!皆さん変わりませんねぇ。」
はそんな、以前と変わらない光景を見て、
懐かしくて・・嬉しくて・・・そしておかしくて、つい、声を上げて笑ってしまった。
「・・・え?」
「・・・・変わらないも何も・・・だって、そんな経ってねぇしなぁ?」
と、一歩と木村は、きょとんとして、顔を合わせる。
「・・・・そう・・ですね、少ししか・・・経ってませんもんね・・・・」
はその言葉に・・・自分がジムから離れて、家で過ごしていた時間と、
その間、皆がいつも通りジムで練習していた時間は、
同じ時間の長さだけれど・・・・違うのだな・・・・と、
何だか複雑な思いになる。・・・・どこか、胸が寂しい。
「・・・・インフルエンザ治して・・友達数人と会って、ちゃんと移らないか確認して・・・」
の言葉に、4人がを見る。
「そして、帰ってまいりました!また、よろしくお願いします!」
そしてはそう言いながら、4人に微笑んだ。
「・・・・おう、おかえりちゃん。」
「おかえりなさいー。こちらこそ、また、お願いします。」
「帰ってくるのを待ってたぜ・・・また猛獣使いとして、この人をなんとかしてくれよ。頼むぜ。」
「ああ!?んだとてめぇ!!?誰が猛獣だ!!?」
そして4人・・・一人だけ少し違うが・・そんな言葉が返ってくる・・・。
「・・・・・・・・」
『おかえり。』
そんな予想だにしない言葉を言われは身体の奥から、何かがぐっと込み上げてくるのが分かった。
それは、瞳にあふれる物。
「じゃ・・じゃあ、私、会長にも挨拶してきますね!」
はそう言うと、足早にその場を去ろうとする。
皆は、ああ・・と、それぞれに返事をするとさっきまでの練習場所に戻って行く。
そして、込み上げる物を抑えながら、会長室へと向かおうとしているが、
とうに青木を離し、自分も練習に戻ろうとしている鷹村の横を通り過ぎ様とした時・・・・
「・・・・おかえりさん。」
「・・・・・・」
ポンっ・・と、軽く一瞬。されどしっかりと、鷹村がの頭の上に手を置いた。
とは間逆に足を進めながら、鷹村は顔も瞳もに向けないまま、
さり気なく、静かにそう言って、手を置いて・・・練習場所へと戻って行った・・・・。
「・・・・・・」
はほんの数秒、その場に足を止め、少し俯き、立ち止まると。
無言のまま、そのままの俯き加減に足を進め、廊下への扉を開き、扉を閉めた。
「・・・・っ・・・」
そして、抑え切れなくなった物を少し零し、手の甲で目元を押さえると、鼻をすすった。
そして数秒後、顔を上げる。
「・・よっし!」
は、一人そうつぶやくと、微笑み、会長室へと足を踏み出す。
これからまた、みんなと・・・同じ時間を過ごして行く。
このジムで・・この場所で・・・他の場所でも・・・みんなと一緒に・・・・
同じ時間を、これからも。
はそう思いながら、廊下にある窓から見える、晴れた冬の高い空を、笑顔で見上げたのだった・・・・。
終。
09/01/12....