惚れて、惚れて。
「・・・・・っ・・・」
は真剣な顔をして、テレビに見入っていた。
息を止めて、瞬きもせず、じっとテレビを見つめていた。
「〜?おるんか〜?」
と、そこへこの部屋の主、千堂武士が出かけ先から帰って来た。
そんな声が部屋の外から聞こえたかと思うと、スパンと襖が開いた。
すると・・・・
「っ・・・おっま・・えは、また何を見とんじゃーーーい!!!」
千堂がそう叫びながら、テレビの主電源をバシンッと指で押し、切った。
テレビの画面からは先程から流れていた映像が消え、真っ暗になり、二人の顔を映し出していた。
「あ・・何すんですかー!!今、いい所だったのに!!!」
「何がええ所やねん!!!前から何度も何度もそれ見とるやろ!!
そのたんびにわい同じ事言うてるやろ!?それ見るなっちゅーねん!!」
の叫びに千堂が逆上して、早口で捲くし立てる。
「うっ・・・何でですか・・良いじゃないですか・・・」
は少し怒った様な顔付きで、自分の横にいる千堂に小さくつぶやく。
「・・・よくないわ・・そんな・・・・負けた、情けのう試合のビデオなんて・・・」
千堂はビデオを停止して、デッキからテープを取り出す。
取り出したテープのラベルには・・・・
【日本フェザー級タイトルマッチ 千堂VS幕之内】
の文字・・・・・。
そうは先程から息を止めて、真剣な瞳で、あの試合・・・
日本フェザー級タイトルマッチ、ララパルーザの試合を観ていたのだ。
「また千堂さんはいつもそう言う〜。」
と、言いながらは「疲れた〜」と、部屋に上がった時に千堂の祖母から貰ったお茶をすする。
「てか、見られたくないなら何で毎回元の場所に戻すんですか。」
せめて隠しとくとか・・・とは取り出したテープをケースに戻し、
また目に付くような、いつもの棚に立ち上がって戻している千堂にそう突っ込んだ。
「・・・・・」
その突っ込みに千堂は、うっと眉を顰める。
「そのビデオ置いてあるのが目に留まると、つい見ちゃうんですよ・・・」
はそう言いながら溜息を吐く。
「・・・俺もや・・」
すると千堂がの前にあぐらで座りながら、聞き取れるギリギリの声でそう言った。
「え?」
は思わず聞き返す。
「・・・・だからや・・」
「・・・は?」
あぐらをかいた膝の上に肘を乗せ、頬杖を付いた千堂は伏し目がちにつぶやく。
その言葉にはまた疑問符を投げ掛ける。
「これ見よると・・・次は絶対負けへん・・・て、次、幕之内とやりおうたら絶対、負けへん・・て、
こう・・沸々と体の中に何かが湧いて来るんや・・・。
せやから・・大事な試合の前とか・・幕之内と関係ない試合の時でも・・・
たまに見よる・・・そんで、気引き締めるんや・・・。」
千堂は頬杖を付いたままからそっぽを向いたままで・・・少し恥ずかしそうにそう語った。
「・・・・・・・・」
「・・・何、にやにやしとんねん・・・」
千堂がむっと照れた顔をして、にやにやと嬉しそうに・・千堂にとっては少し馬鹿にされた様な、
むかつく表情で微笑んでいるに言う。
「じゃあ、良いじゃないですか。一緒に見ましょうよ。」
そう言うとは何故だか物凄く嬉しそうに微笑んでビデオをまた、取り出そうとする。
「だーから!あかんて言うてるやろ!!」
しかし、膝立ちして脇にある棚から、そのビデオを取り出そうとしたを、千堂が止める。
「何でですかー!千堂さんも見るんでしょう!?」
「わいはええんや!せやけどお前はダメや!!」
「だから何でー!!」
あたしも見たい!とが言うと・・・・
「っ・・あ〜〜!お前は全部言わすんか、言わす気か・・・」
千堂がそう言いながら、膝立ちしているの片腕に縋りつき、そのまま崩れる様に顔を下に向ける。
の位置から、千堂の後頭部で隠れているが、微かに見える千堂の頬は・・僅かに赤い。
「・・・お前に・・・負けた、情けのう姿なんて見せたくないんや・・・・・」
そして千堂はそう言った。
顔は伏せたまま・・・・
「・・・・・・」
「・・・・・・」
しばし、沈黙が辺りを包み込む。
「・・・・・っ・・だから!お前はわいが勝った試合のビデオでも見とき!!」
しかし沈黙に耐えられなくなった千堂は、バッと顔を上げてそう叫んだ。
千堂の顔は、気が付けば真っ赤だ。
負けた姿はかっこ悪いから見せたくない。
カッコいい所だけ見てて欲しい・・・惚れた女なら尚更に。
「っ・・・・」
千堂らしいと言えばらしいのだが、笑っちゃいけないんだけれども・・・
どうしても笑いが込み上げてくる・・・・・
は膝立ちしていた身体を元に戻し、下を向いて笑いを堪える。
「あー!もうっ!だから言いたくなかったんや!!お前、空気読めや!!」
と、笑いを必死に堪えているを見て、千堂は更に顔を赤くし、そう叫ぶと、背中を向けた。
「くっ・・・ご、ごめん千堂さん・・笑うつもりはないし、馬鹿にしてないんだけど・・・何故か笑いが・・・」
込み上げてきて・・・とはまだ笑いを堪えている様子で、言葉を途切れ途切れに発する。
「・・・・・・ええよええよー、好きなだけ笑ってや。バカなわいを笑えばええよ。」
千堂はそう言いながらケッと、背中を向けてまた膝に肘を付き、頬杖を付く。
完全に拗ねてしまった様だ・・・・
「・・・ごめんごめん、千堂さん。じゃあ・・・・」
するとは・・・
「一緒にビデオの続き、見ようか?」
と、にっこりと、いつの間にかまた取り出したビデオテープを、顔の位置まで持ってきて、シャカシャカと縦に振った。
「・・・・お前、今、わいの話聞いてたんか?」
げんなりとした表情で、千堂は振り返った。
「聞いてたよ〜聞いてたから見るんじゃない。」
そう言いながらはまた、デッキにテープを差し込もうとする。
「聞いてないやろ!!!」
ああ、もう!と言いながら、千堂はビデオをからひったくろうとの腕を掴む。
しかし、
「聞いてたから見るんだよ、カッコいい千堂さんを。」
が真面目な顔付きでそう言った。
思わず千堂も動きを止める。
「この試合の千堂さん・・・1ラウンド開始早々に、圧勝KO勝ちしちゃった試合よりも、
ずっとカッコいいと・・あたしは思うよ・・・」
は奪い取られそうになったビデオテープを見つめて、静かにそう言った。
そしてこう、付け加える。
「千堂さんも実はこの試合、一番好きじゃない?」
「・・・・・・」
その言葉に、千堂は言葉を詰まらせる。
確かにその通りだったからだ。
自分をたきつける為に見るとも言ったが・・・自分でもこの激しい負けた試合が・・・
今までして来た試合の中で、一番好きだった。楽しかった。
だからこのテープを見て・・・また、訪れてくれるその時までの間・・・楽しい一時を過ごしていたりする。
「・・あたしこの試合の千堂さん見て、何度泣いた事か・・・もう、惚れてるけど惚れ直しちゃって・・・
もう・・本当どうしてくれんのよって感じで・・・てか、何か別の人見てる感覚で見てるけどね。」
は照れ隠しなのか、最後にそう言葉を付け足し、へへっと千堂に向かって、微笑みかけた。
「・・・・っ・・・・・お前・・・あかん・・・・・それ殺し文句やで・・・」
「え、うわっ!」
千堂はそう言いながら、ガバッとを抱き締めた。
ぎゅうっと、愛情表現を抱き締める事で精一杯表す様に、思いっきりの気持ちを込めて、
けれど千堂が本気を出せば、骨を持って行ってしまいかねないに、力は加減して、千堂は思いっきり抱き締めた。
「ちょ、ビデオ見ないの!?」
「見るなゆうたやろ。」
「えー、見ようよー!」
ジタバタと倒れかけながら暴れるに・・・
「・・・大丈夫・・もっとかっこええわいを見せたるさかい・・」
千堂は少し身体を離し、至近距離で顔に影を落としながらの瞳を見つめ、そう言うと、ふっ・・と、不敵な笑みで微笑んだ。
「・・・・・・・・・もう、十分です・・。」
そんな千堂には赤面し、そう返すのが精一杯だった。
終。
2009/04/13....