風鈴の音。













チリンと、風鈴の音がなる。


私はテーブルに本を置き、その本の傍らに、冷たいお茶を携えながら、静かに読書をしていた。

この部屋の主は、私の背後で横になり、眠っている。


すると私の背中に、どんっと、僅かながらもしっかりとした、重い衝撃が伝わってきた。
彼が寝返りを打ち、座っている私の腰から背中の辺りへと、ぶつかってきたのだ。

長身な上に、元来の恵まれた肉体を、ボクシングで鍛え抜いたその身体。
軽くぶつかられても、私の身体は、反対へと弾かれる。

背後に顔を向け、その彼を見ると、
彼は横向きで、幸せそうにのうのうと、眠っていた。

いつもは上げている前髪を、今日は下ろしていて、
その、黒くさらさらと流れるような、彼の少し長めの前髪から覗く額には、
夏のこの暑さで、汗がじんわりと、滲んでいた。

そして、それが、時折雫となって、肌をつたう。



横向きで、自分の二の腕を枕にしている彼の寝顔は、
前髪が下りているせいか、ふと、子供のように見えた。

すると、彼は眉間に皺を寄せ、少し唸り、そして私の方へと、ごそごそと更に身体を寄せる。

そんな彼を見つめながら、思う。


以前聞いた話だと、彼はこう見えても大企業の息子らしい。
だが次男で、家には居場所がなかったと言う。

金持ちイコール冷たい家庭という、お決まりの偏見が頭を過ぎり、
勝手に彼にも当てはめてみた。
だから彼は、寝ている時や、起きている時でも何気なく、
ふと、そして頻繁に、私に触れてくるのだろうか。

もし、そうならば、
彼が愛情というものに、飢えているのならば、

私は、私が与えられる限りの時間、
与えられる限りの愛情を、彼に注ごうと思った。


そんな事を思いながら、私は瞳だけを、すっと細める。

そして、私の背後に寄り添い、眠っている大型犬の様な彼の、その寝顔を見つめて、
目元にかかっている、少し鬱陶しそうな前髪を、指でそっと、静かに横へと払った。

そして、そのまま、そのさらさらとした彼の黒髪を、指でゆっくりと梳く。






窓の外からは、ひぐらしの声が、聞こえていた。


そして、また、風鈴の音が、なる。













終。


2009/07/14....