二つの約束。













「それじゃあまたね!」


「うん!また遊ぼうね!」



そんなお決まりの台詞を言いながら、友人達と別れる。

今日は高校の卒業式。


月日が経つのは遅いようで早い。
が高校に入学して三年。
そして鴨川ジムでバイトをしだして二年が近づいた頃は三年間の高校生活を終え、卒業を迎えた。


お決まりの卒業式・・・。

お決まりの友との別れ・・・。


ドラマでよく見た、その一連の行事は、思っていたよりもあっさりとしていて、
なんだか少し拍子抜け・・というか、まだ高校を卒業したという実感がわかない。


(なんだかな〜・・淋しいけど・・実感がいまいちないような・・・)

はそんな事を思いながら、遊んでいて遅くなってしまった家路を歩く。
本当は夜まで遊ぶ予定だったが、友人の一人が用事があると言うので早めの解散となり、空はまだ茜色だ。

「夕日が・・綺麗そうだな・・・」

はそうつぶやくと、歩いていた土手の下の道から、階段を使い、土手の上へと上がる。



「うわぁー・・綺麗・・・」



階段を上りながら目に飛び込んできたのは、鮮やかだけれども、落ち着いた・・・
暖かくもどこか淋しく輝く、綺麗な夕日だった。



「やっぱり、実感ないな〜・・・」


その夕日に、少し淋しさが襲って来たものの、いまだに実感のわかない卒業に、
またもや一人でつぶやいていると・・・。



「独り言もそこら辺にしとかないと・・・周りに怖がられるぞ・・・・。」




「!」


背後から、自分に向けてだと分かる声がしては驚いて肩をビクつかせる。
しかもこの声は・・・


「宮田君!?」


そう、振り返った先にいたのは、以前、鴨川ジムに所属していたもよく知った人物、宮田一郎だった。

宮田は制服姿でと同じ土手の道に立っていた。
制服姿の宮田を見たのは数回しかない為、新鮮で・・今更だが、やはり同い年なのだと実感する。
しかしそんな事より、

「びっくりした・・・どうしたの?卒業式の帰り?」

は何故、宮田がここいるのかが不思議で、思わずそう聞いていた。

「・・幕之内に用があってな・・・その帰りだ。」

宮田は肩に乗せていた卒業証書の筒を下げながら、伏し目がちにそうつぶやく。
その姿はどんなポーズも決まる宮田らしく、かっこよくもつい目を奪われる。

「あ、そうなんだ・・・そうだね、一歩君の家この先だしね、偶然だね〜。」

は偶然の、予期せぬ出会いを素直に喜んでいた。
宮田が自分目当てに来るとは思ってもいないからだ。
一歩に用事。と言われ、素直に納得していた。

しかし、宮田の本心は少し言葉とは違い・・・。
もちろん先に一歩へ用事をすませてきたのだが・・・それを終えて、もうしばらく経つ。
女々しいとは自分でも思いながらも、ゆっくりとこの道を歩いていたら、
もしかしたらに会えるのではないか・・実はそんな気持ちを心の奥底にひそめて、
宮田はこの道を帰路に使い、ゆっくりと歩いていた。

そしてもし、この道を歩いていて偶然・・ほとんどありもしない偶然で、
に出会えたのなら・・・・言おうと思っていた。


ある事を。



そうして、ぽつぽつと鴨川ジム時代、何十回も何百回も走ったこの土手を歩いていたら・・・
前方の階段を上ってきた人影。
その横顔は・・・自分に背を向けて夕日を見て佇んでいた、その後ろ姿は・・・

間違うことのない、あの後姿・・・宮田の待ち望んでいた、後姿だった。




「・・・・・・」


しかしそんなことを言えるはずもなく、宮田は嬉しさを隠しながら、黙って瞳をふせる。

「宮田君も卒業式だったんだね、卒業おめでとうー。」

無口で無愛想な宮田に戸惑うでもなく、怯えるでもなくはいつもの様に淡々と、普通に宮田に話しかける。
この、普通に接せられる事が・・・宮田には居心地が良くて・・・
出来るならば一緒にいたい・・と思う理由の一つだった。


「ああ・・お前もな。」

の言葉に、宮田もあっさりとした、簡潔な言葉を返す。

「これで二人ともプロに集中できるね。」

「・・・ああ・・そうだな。」

しかしの発した言葉に、宮田は少し瞳を開く。
それはこれから宮田が言い出そうとしていた事に、関係する事だったからだ・・・。


「・・・あたしも・・頑張るよ。見つけるんだ・・みんなにとっての『ボクシング』みたいな物。」

は下を向いてぽつりとつぶやくように言う。

「・・・・・」

その言葉を聞いて、宮田は黙ってうつむき加減のを見つめ、次の言葉を待った。

「いつごろからかな・・一生懸命なみんなが・・・羨ましくなったの・・・」

少し離れた川の、茜に染まる水面を見つめながら、どこか遠い目をしては言葉を続ける。

「だけどみんなにはボクシングでも・・あたしには違うから・・・
とうとう高校終わるまでに・・あたしには見つからなかったけど・・・」

そして少し悲しそうな・・淋しそうな・・戸惑ったほほえみを浮かべては地面を見つめた。
しかし顔をぱっと上げ、

「でもほら、まだ若いから。人生これからだし!」

あはは。と、照れ隠しなのか、朗らかにほほえんだ。


「・・・ああ、頑張れよ・・・・」


そんなの言葉と笑顔に、宮田は上げていた顔を少し下げ、ふっと僅かにほほえみ、そう伝える。


「・・・・・・」


「・・・・なんだよ・・・」


しかし自分を、少し驚いた、それでいて嬉しそうな表情で見つめるに気付くと、宮田は目を細めて問う。

「・・いやー・・・何か珍しい宮田君を見た気がしたから・・・」

そしては、今度は嬉しそうに、ふへへとほほえんだ。

「・・・・・・」

そんな言葉に、羞恥心からの気まずさで、宮田は少しむっとした後、急に真顔になり、そして・・・口を開いた。



「・・これでもう・・・しばらく会わなくなるからな・・・特別大サービスってやつだ・・・」



「・・・へ?」


その言葉にはきょとんとし、宮田を見つめる。
宮田もの瞳を見つめ・・・二つの瞳が合わさったまま、しばし時が流れる。


「・・・えっと・・どういう・・こと?」


先に言葉を発したのはだった。
しかし瞳はそらさない。


「・・・海外を回ってくる・・・・武者修行・・・ってやつだ・・・さっき幕之内にその話をして来た・・・」


の問いに、言葉を返す。
そして宮田も・・瞳はそらさなかった。


「か、海外か・・何かスケールが大きな〜、凄いや。どの位行って来るの?」


宮田の返事には一拍置いた後、瞳をそらし、ふせて、
そしてまた宮田に向かい、軽くほほえみながらそう聞いた。


「・・・予定は未定だ・・幕之内との差が・・・埋まるまでだ・・・」


「・・・・・・」


今度は宮田が目をそらすように、瞳を伏せて言ったその言葉には戸惑いを隠せなかった。


予定は未定・・一歩との差が埋まるまで・・・・


それは、次いつ会えるのかわからない・・少なくとも、何ヶ月という期間ではないことを表していた。



「えっと・・・一年とか・・二年とか・・もしかして年単位・・・?」


は途切れ途切れ、瞳を泳がせ、作った笑顔で宮田に問う。


「・・そうだな・・・一年以上は確実だろう・・・・」



「・・・・・」


まさか年単位とは思わなかった、宮田の海外修行・・・


一年という月日は・・・・短いようで長い・・・・

宮田に・・・最低一年・・長ければ二年、三年・・もしかしたらそれ以上・・・会えない・・・


次にいつ会えるのかは・・・分からない・・・・




そう思った時、卒業式では感じなかった、別れる事の淋しさが、突然を襲った。



淋しくて・・悲しかった・・・



お友達ごっこじゃないと鷹村は言っていた。
だが、それはボクサーの一歩と宮田や・・ボクサー達の間のことで・・・
それでもみんなの間には、それ一色ではないが、確かに友情はあると思う。

そしてにとっては・・・宮田は友達だ・・・鴨川ジムのみんなも・・・
誰かがいなくなれば、それは暗い穴となりの心の中に隙間を作り、淋しさと悲しさを生み出す。

連絡を取れば、いつでも会える学校の友人達とは違う、別れ。

次に会えるのは、いつか分からない宮田との別れ。


その宮田との別れは、瞬時にの心の中に、暗い穴を作った。




しかし、



「そっか・・・淋しくなるな・・・」


俯き加減に、目を伏せて言うの言葉は・・・今はそれ以外にはない。

「淋しいから行かないで。」などと、何故言える。
まだ恋人ならまだしも・・・恋人であってもは言わない。
恋人でも友人でも・・例え家族であっても、言ってはならない事だと、分かっている。

それはただの、自分の幼稚な気持ちの押し付け・・相手の事を考えず、欲しいからと泣き喚く子供と同じ。
そんな事が許されるのは・・何も考えず、素直に言えるのは・・子供だけだ。
今のがそれを言ったら、言われた方も戸惑うし、最悪の場合、何を言ってんだと鼻で笑われ終わりだ。
だからこう言うより他に・・・ない。

そして宮田もまた・・・

「一緒に行かないか?」

という言葉を、心の隅に持ちながらも、それを見てみぬ振りをして・・違う言葉を伝える為、宮田は口を開く。



「・・いつかは・・・分からないが・・・・」



宮田の言葉に、顔も瞳も伏せていたは、顔を上げ、宮田を見る。
自分を真っ直ぐに見つめる宮田の瞳と、目が合った。



「帰って来たら・・・・あいつとの差が埋まったら・・・」



その瞳から、宮田から・・目をそらさず、そらす事が出来ず・・宮田の言葉を聞く。




「お前に、話したい事がある。」




その言葉をは黙って聞いていた。



「だから・・・・それまで・・・元気でな・・・・・」


宮田はそう言うと、見つめ続けていた瞳を伏せ、身体をひるがえす。

そしてに背を向け、歩き出した。


「・・・・・・」


自分に向けられた、夕日の色に染まる宮田の背中を・・は黙って見つめていた。

離れて行く、その以前よりも少し広くなったと思う・・宮田の背中を、次に見れるのは・・いつか分からない。


そう思った時、喉の奥から・・身体の奥から・・・何かがぐっと、込み上げて来た。




「宮田君!」




「!」



の、自分の名を呼ぶ声が聞こえ、宮田は立ち止まる。
そしてゆっくりと、振り返った。




「・・宮田君も!元気でね!!怪我とか・・色々!身体には気をつけて!!いってらっしゃい!!!」




振り返ると・・宮田の瞳に映ったのは・・・
まばゆく輝きながらも、淋しく、そして暖かい色をした、川の向こうに沈む夕日と、
そしてその夕日を背負いながら、泣きそうな笑顔で、頭上に上げた手を振るの姿だった。


「・・・・・・・・」


本当は今すぐ、あんな顔でほほえんでいるの元に走って行き。
そして思いっきり・・抱き締めたかった。

しかし唇をぎゅっと固く閉じると、宮田は一時、束の間・・目に焼き付けるようにの姿を見つめ・・・
そして無言で瞳を閉じると、身体を戻し、また、歩き出す。


そして歩き出すのと同時に、宮田は片手を上げた。



その時の表情を、ちゃんと正面からが見ていたのなら・・・
きっと唖然として、次に写真に収めなければ!と、騒ぎ出していただろう。


嬉しそうな、けれど悲しそうな・・・そんな切ないほほえみを、宮田は柄にも無く浮かべ、別れの手を上げていた。







「・・・・・・」


宮田は上げていた手を下げ、歩きながら、閉じていた瞳をそっと薄く開く。
そしてまた閉じると、今度ははっきりと、強く、その瞳を開いた。

顔を上げ、前に真っ直ぐと続く、その道を見据える。


さっきまでとは違う、その瞳と顔付きには・・・宮田の強い意思が、表れていた。








次に会う、その時は―――――必ず。
















終。


2009/06/08....