あれから何十年後・・・。
「おはようございますー。」
学校を終え、鴨川ジムのアルバイトに来た。
かれこれもう半年は経つので、もうジムの雰囲気や、ジムの人たちにも慣れた。
「おー、今日は、はえーな。」
「おはよーちゃん。」
「おっす!ちゃん。」
鷹村、木村、青木の三人に、いつものように挨拶され、
「おはようございます。あれ?一歩くんまだですか?」
いない同級生の一歩の話をしながら、事務室へと歩いていく。
「まだ来てないよ。」
「家の手伝いでもしてるのかな?今日は来るって言ってたけど・・・。」
が足を止めて、木村と話していると、
「そうなんじゃね?」
と、青木が言ってきた。
「そうですね、私も今日は倉庫の掃除だから頑張らないと!」
疲れるだろうな〜。と、つぶやきながら、足を進める。
「・・・おい、倉庫って事務室の隣の倉庫か?」
すると鷹村にそう声をかけられた。
「あ、はい!何かぐちゃぐちゃだから、適当に片づけてくれる?って、昨日八木さんに言われて。」
「・・・ほーん、まぁ、がんばれよ。」
鷹村はそう言うと、練習に戻って行った。
「はい、ありがとうございます。鷹村さんも練習頑張ってくださいー。」
思いがけない鷹村からの励ましに、珍しいこともあるもんだ・・・と、思いつつ事務室へと続く扉を開けは姿を消した。
「・・・・あれ、絶対あとで様子見に行くな・・・。」
「わかりやすいぜ、鷹村さん。」
こそこそと小声で話す青木村。
もうこの頃には、自覚なしの鷹村の気持ちは、ジム全体に広まっていた。
「貴様ら!オレサマのことを話しているな!!」
「!」
すると、サンドバッグを打っていた鷹村が、ぎゅるんと首を曲げ、青木村に叫んだ。
「さー!練習練習!」
「ロードワークでも行くか!」
ほんと、勘いいよな、あの人。
と、二人は思いながら、ごまかし練習に向かうのだった。
「さて、どこから手を付けよう・・・。」
そしてこちらは倉庫になっている部屋。
は無造作に置かれた段ボールやらなんやらの山を見て、ふうっと息をついた。
「適当にって・・・どう片付けようかな〜。」
そんなことを思いながら、とりあえず段ボールを抱え、部屋の隅に重ねて置こうと、移動させる。
(結構重い物多いな・・・何入ってんだろ・・・。)
そんなことを思いながら、段ボールを積み上げ、床がだいぶ広く見えてくると、今度はスチールラックの棚の整理をしだした。
「なんでこんなに無造作に置くんだろう・・・・。」
そんなことをつぶやきながら、ラックの中段から整理していく。
関連性ある物はまとめて置いて、見つけやすいように奥に高い物・・・。
そんなことをしていると、ラックの一番上に、伏せてある写真立てがあることに気付いた。
手を伸ばしても届かない・・・。
「何か台になるものないかな・・・・。」
はあたりを見渡し、踏み台になる物を探す・・・。
「ないな。」
そう思ったは、ラックの中段に足をかけて、上って取ることにした。
多分、ラックは耐えられるだろう。
そう思ったのだ。
ラックを掴み、中段に足をかけ、写真立てへと手を伸ばす・・・。
「あ、届いた!」
写真立てに手が届き、つかんだ時だった。
「おー、サボらずやってっかー。」
ガチャと扉を開き、鷹村がやってきた。
「え。」
すると、ラックによじ登っていたと鷹村の目が合う。
その時だった。
「うわっ!」
ラックがの重みで、前に傾き、倒れてきた。
「あぶねぇ!」
この時鷹村さんが来てくれてよかったと、その後は心底思った・・・。
ドンガラガッシャンと、斜めに傾いたラックから物は盛大に落ちたが、
ラックの上部を鷹村が素早く駆け寄り支えたため、
はラックの下敷きになることはなかった・・・・しかし。
「いった・・・。」
とっさに写真立てを抱えたままは盛大に床に落ちた。
腰と背中とお尻が痛い・・・。とは頭は打たなかったものの、床の上で痛みに顔を歪める。
「おい!何やってんだ!あぶねぇだろ!!」
鷹村は斜めになったラックを元に戻し、一喝する。
そしてのそばに屈みこんだ。
「すみません・・・これ取りたくて・・・・。」
は写真立てを見せようとするが、
「いいからケガねぇか!じっとしてろ!」
そう言うと、鷹村はの体を触っていく。
足首、ふくらはぎ・・・と、触って行かれ、え!と、慌てたは、
「だ、大丈夫ですよ!」
と、立ち上がろうとしたのだが、
「いっ・・・!」
腰が強烈に痛んだ。
顔を歪めて再度、床にお尻をつき、腰に手を当てたに・・・。
「腰打ったのか・・・ったく・・・。」
鷹村の取った行動は・・・。
「よっこいせっと・・・。」
「え!え!?」
「おら、落ちねぇようにちゃんとつかんでろよ。」
それはまぎれもない、お姫様抱っこだった・・・・。
鷹村はを軽々と持ち上げてしまった。
「ええ!??た、鷹村さん!いいです!!下ろしてください!!!」
そのまま、倉庫を出ていこうとする鷹村には叫ぶ。
「うるせぇなァ、じゃあ、歩けんのか。」
そう言いながら、鷹村はズンズンと進んでいく。
「いや・・・・。」
「じゃあ、黙ってろ。」
「・・・は・・・い・・・・。」
どこに行くのかわからないが、お姫様抱っこされたは、
鷹村のジャージの胸元を落ちないように掴み、
長身の鷹村の顔のそばから見る、高い視界が新鮮でもあり、
そしてなにより、顔が近いのと、服から伝わる鷹村の鍛えられた肉体、
そして今、人生初のお姫様抱っこをされている・・・。
という恥ずかしさには徐々に顔を真っ赤にして行った。
そしてを抱えた鷹村が向かったのは・・・。
「え!ここ!!」
がついた部屋に思わず叫んだが、鷹村は器用に片手でドアノブを掴み、足でバンッ!と扉を蹴り開けると、
「おい!ジジイ!救急車呼べ!!」
「なっ・・・。」
「え!?鷹村くん!?さん!どうしたの!?」
そこは会長と八木のいる事務室だった・・・・。
の顔が更に恥ずかしさで真っ赤になる。
というか、鷹村にお姫様抱っこされた状態を、人に・・・よりによって会長と八木に見られ、もう表情が硬直した。
「なんかしらねぇが、こいつサルみたいにラックによじ登ってて、ラックが倒れて、落ちたときに腰打って動けねぇんだよ。ラックの下敷きになるのはオレサマが防いだがな。」
鷹村はそう言うと、ソファにを下ろした。
(やっとお姫様抱っこ終わったーーー!!!)
とは安堵する。
「え!動けないって、大丈夫!?なんでラックなんかに登ったの!」
八木と会長がのそばにやってくる。
「いや・・・なんか写真立てがあって・・・取ろうとして・・・・。」
そう言って、ずっと思わず抱えて持っていた、ほこりだらけのA6サイズほどの写真立てを、
そういえば何の写真立てだろう・・・・とはみんなに見せようと表にする。
「なっ・・・・。」
「これって・・・。」
「・・・・・。」
それは白黒の・・・おそらく鴨川ジムが出来た当初の解像度の低い写真だった・・・。
鷹村とはその写真を見て、思わず会長を見る・・・。
「すごい・・・こんな写真残ってたんですね・・・会長。」
八木もそう言いながら、ほほえみから会長へと写真立てを渡した・・・。
「うむ・・・・。」
会長は、写真立ての中の若かりし頃の自分と、他の立ち上げメンバーを見て、神妙な面持ちをしていた。
「・・・写真立て、取ってよかったです。」
はどことなく嬉しそうな会長を見て、ほほえむ。
「それよりてめぇは、自分の体の心配しろ!八木ちゃん、救急車呼んでくれ。」
「あ、うん!」
「え!いいですよ救急車なんて!!多分、もう立てますよ!」
「動くんじゃねぇ!!」
「大丈夫ですってーーー!!!」
八木が電話する傍らで、立ち上がろうとすると、押さえつける鷹村はぎゃあぎゃあと、言いあっていた。
そんな二人を見つめ、会長はふっとほほえみ、目を閉じたあと、もう一度、懐かしい写真を見つめるのだった・・・。
終。
2023/05/01...