抱きつきたい!













「ほなな千堂ー、ちゃんと彼女送ってくんやでー。」

「せやから、ちゃう言うてるやろ!!」


今日もそんなやり取りをしながら、なにわ拳闘会の練習は終わり、皆、帰路につく。


只今、夜もふけって夜遅く。
千堂は椅子に座りながら苛々して待っていた・・・。

誰を?

シャワーから上がってくるをである。


はこのジムにボクササイズをするため入会してきた。
そして皆と同じように帰る時はシャワーを浴びる。

しかし、シャワー室は一つしかない・・・・。

ということでが入る時は一人貸しきり状態にするしかなく、先に入るか。後に入るか。ということには気を使っていた。

ボクササイズなんかの自分が大勢のボクサーの方を待たせるわけには・・・いかない!

ということでは皆が入り終わった後に入ることにしていた。

そうすると自動的にかなり夜、遅くなる・・・・。
というわけで・・・・。


「千堂さん帰り送れや。」


という鶴の一声ならぬ、柳岡の一言で、千堂はシャワーから上がるを待って家まで送り、帰路に着くことになった。

を待って送る・・・。

というめんどくさそうなことに千堂は・・・。


「ああ、別にかまへんよ。」


と、二言返事で承諾した。

女子供には優しい千堂武士である。


しかし実際にシャワーから上がるのを待つのは・・・

少し苛々したりした。


それはを待っている間、シャワーを浴び終えた他のボクサー達は皆帰り、ジムには千堂意外誰もいず、暇なことと、ジムでは千堂の彼女だと思われているようで・・・半分ちゃかしてるのもあるが・・・さっきみたいなからかいもあり、苛々していた。

そうこう苛々していると・・・。


「あ、すいませんー、千堂さん上がりました!」


が笑顔で扉を開け、やってきた。


「おー、上がったか。」


千堂は座っていたベンチからパン!と、ひざを叩き、立ち上がる。

「・・・・・。」

そして何気なくを見た。
今は夏近し。と言うこともありは白いTシャツにハーフパンツという格好をしている。

白T姿のは・・・。


(ほっそ・・・。)


千堂的に細く思えた。
そして千堂は頭をタオルで拭いているに向かって疑問を口にした。


「ボクササイズー、いうてやっとるけど、肉ついとんかいな・・・。」

「え?」


そして行動した。


「きゃあ!!!」


は叫ぶ。

そう、千堂はのわき腹の肉を掴み横に引っ張ったのである。


「な!なんっ!!!」


(ひー!!ななな、何なのさ!!!)


はもの凄く焦りながら叫ぶ。

「おー、よう伸びるわー。肉ついとんな。お前やらかいのー。」

しかし、千堂はそう言って面白そうに肉を引っ張って笑っている。

「・・・・っ・・・。」

は人の気にしている肉を引っ張って陽気に笑う千堂に怒りを覚える。
しかし、次の言葉に怒りはかき消された。


「抱きついたら気持よさそうや・・・。」


千堂はボソッと言った。


「・・・・はっ?」


は少し顔を赤らめる。


「抱き枕とかに丁度ええなー。」


そして千堂はのわき腹の肉を離して笑う。

「はは・・・あたしは千堂さんを抱き枕にしたいですよ・・・筋肉が気持ち良さそう・・・。」

そしてそんな千堂の言葉にはいつも思っていることを遠い眼をしてポロリと口にしてしまった。

「はっ!」

そしてしまった!と焦るに・・・。


「・・・ほな、抱きついてみるか?」


すると千堂が何か言い出した。


「・・・・・は?」


は呆れたような焦った顔をして聞き返す。


「そのかわり、わいにも抱きつかせぇ。」


そして千堂は、にーと笑い更に爆弾発言をした。


「・・・・・・。」


は黙り込む。

この人は何を言っているのだろう。

仮にも体は成人男女。

そんな二人が「抱きつこうぜー!」とはいかに・・・?


「・・・・・・。」

そしては考えながら千堂を見た。
そこに青年はいなかった。
わくわくと好奇心旺盛に何かを楽しみにしている少年がいた。

「・・・・・・・・。」

そして更には考える。

いつも千堂さんに抱きつきたいとは思っていた。

抱きついたら胸板とかたまらないだろう。

千堂さんに抱きつけることなんてありえない。

だけど今、なんかそれでいいのか?な交換条件で話を持ちかけられている・・・。


はしばらく黙り込んだ後・・・。


「おっけー!その話、乗りました!」


満面の笑みでそう言った。


「よし!せな、ほい。」


すると千堂は何の恥じらいもなくためらいもなく、
両腕を広げてにだきつけーい。という態度を示した。


(・・・い、良いんですか!?ああ!!千堂さんに抱きつける!!!)


は思い。


「じゃあ・・・」


そう言って


ぺたり。


と抱きついた。


「・・・・・・・・・・。」


その時のの周りには・・・・・花が飛んでいた。



(ぎゃーー!!!最っ高!!この胸板の感触!!!たまらん!!!!)



千堂に見えない顔は満面の笑みである。
そんなが悦に浸っていると・・・。


「ほなら、わいも・・。」


そう言って千堂が・・・

ぎゅ。

を抱きしめた。

「・・・・・・っ・・・。」

はこの時『この瞬間を永遠に忘れない。』と心に誓った。


しかしはにやにやと、にやけながら千堂に抱きついているが・・・。

(・・・・何かしっくりけぇへん・・・・。)

を抱きしめた千堂はそう思っていた。

「・・・・・・・・・・。」

だから・・・。


スルッと、


「!?」
「おー、この感じや、ええ感じええ感じ。」

千堂は肩の上から抱きついているの脇の下に手を滑り込ませ、
腰に手を回しの肩に顔を置いたのである。

まぁ、これがまさに抱き枕状態である。


さて、この状況には・・・。


(!!??)


心の中と顔で絶叫していた。


(ななななんですか!?千堂さん何してんですか!!??)


思わず心の中でまくし立てる


(無理無理無理無理!!!もう無理ーーー!!!)


そう思い、

「せ、千堂さん!もう終わり!終わりです!離れてください!!!」

は千堂に叫んだ。
しかし、千堂は・・・。

「あ〜?何でや〜?まだええやん。」

猫のようにごろごろに抱きついている。
に抱きつくことがお気に召したらしい。
千堂の柔らかい髪が首筋に当たる。

は自分も千堂に抱きつく所ではなく、もう手を広げて硬直している。
しかし、そんな時・・・。


「・・・・何やろ・・・何か懐かしい感じがすんねん・・・・。」


千堂がそうぽつりとつぶやいた。


「・・・・・・・・・。」


は、あ・・・とジムに入ってから誰かに聞いたことを思い出した。
千堂は生まれてすぐ母親を失くし、その後父親も失くし、今は祖母と暮らしていると・・・。
は悟った・・・きっと幼い頃の母親の感触を思い出しているのだろうと・・・。

「・・・・・・・・・・。」

こんな年なのに母親っていうのもなー・・・と思いながらも、そこでの恥じらいはふっきれた。

(えーい、抱きついたれ。)

そしては大人しく、もふ。と千堂の背中に手を回し、身体を預けた。

「・・・・・・。」

そんなの行動に、千堂はの肩で少し驚きつつも、少し微笑みの首に更に顔をうずめた・・。
ところが。


ガチャ。


「「・・・・・・。」」


抱き合ったままの二人は扉の開く音を聞いてはっと我に返り硬直する・・・。


「「・・・・・・・。」」


そして音のした扉の方を見る。


「・・・・お前ら・・・いちゃつくんわ、ジム出てからにせぇ・・・。」


そこには、はぁ・・・と、ため息をつきながら少し顔を赤くした柳岡がいた。

「ちゃ、ちゃうちゃうちゃう!!ちゃうで柳岡はん!!!」
「や、柳岡さん!誤解です!!!!」

二人は、あわわわ!!と柳岡に叫ぶ。
抱き合ったまま・・・・。

「これは取引だったんですよ!ね!千堂さん!」

「おう!そうやで柳岡はん!こいつの抱き心地がええやろな〜思うてな!」

と、二人はまくし立てるが・・・。


「・・・何でもええからはよ離れ・・・見てるこっちが恥ずかしいわ・・・。」


柳岡は白けた眼で二人を見るのだった。


「「はっ!」」


そこで二人は、はっとし、勢いよく離れる。

その後、あはは。あはは。と、乾いた笑いをしながらジムを出て行く千堂とを見て。


(あいつら本当にデキてたんやな・・・。)


と、今はまだ、勘違いなことを思う柳岡の姿がジムにはあったのだった・・・・。






終。



2024/03/31...