一緒の時を・・・。
それは、寒さが一段と厳しくなる、二月のある日のこと・・・・。
「・・・・・はぁ・・・はぁ・・・・」
澤村は、部活の練習中、走り回っていた体育館の端で、
息を弾ませながら一息ついていると、ふと、あることに目が行く。
(・・ああ・・・・あいつ・・また・・・・)
そう思い、端整な顔につたう汗を手の甲でぬぐいながら、心の中で舌打ちをしてそれを見ていた。
それは、このバスケ部の女子マネージャーの表情だった。
数日前のある時、ふと気がついた。
教室でも部活中でも帰宅中でも・・・・いつも、表情が暗い・・・・。
落ち込んでいるような、何か悩んでいるような・・・そんな表情だ。
話すときは気力を絞りいつも通りにしているようだが、
まぁ、少し暗いのは伝わってくる。
しかし、澤村はそのまま放置していた。
理由に見当がついていたからだ。
だが、日が経つにつれ、なんだかそんなを見ていると、
澤村は徐々に嫌な気分になってくる・・・・。
イライラというか・・・・暗く重いというか・・・・・・
(・・・・ったく・・・・・しょうがねぇなぁ・・・・・)
遠くで雑務をしている、浮かない表情のを見ていた澤村は、
眉間に少ししわを寄せ、観念したかのようにそうつぶやいて小さく舌打ちをした。
「お疲れ様ですー。」
「お疲れさまでしたーー!」
日もとっぷりと暮れ、辺りがとうに暗くなった頃、
バスケ部は部活を終え、みな着替えたりなんだと帰り支度をし、帰路についていた。
「・・・・・・・・・・」
浮かない顔で黙って、体育館用具室で後片付けをしている。
そこへキュッと、背後で足音が聞こえは振り向く。
「おい・・・部室、全員使い終わったぞ。」
そこには着替え終わった澤村が、上着を着込み、さみぃ・・・と不機嫌そうな顔をしながら立っていた。
「ああ、ありがとう。じゃあ、部室行くかな。」
は澤村の姿を見ると、浮かない顔を少し明るめにし、平常時の表情で澤村にお礼を言う。
「・・・・・・・・・・」
澤村は眉間にしわを寄せ、寒さに腕をさすりながら、用具室から出て部室へと歩き出すの後に続く。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
体育館から部室までの道のり・・・・二人は黙って歩いていた。
なんとなく、話さないでいた二人なのだが、澤村はの後姿を見ながら、
ため息を一つつくと、口を開いた。
「もう二月だな・・・・・」
「そうだね〜、寒いよね〜。」
澤村には珍しい世間話のような言葉には前を見て歩きながら答える。
「二月は三年ももう来ないしなー。寂しいよな〜、卒業だしなー。」
澤村はわざとらしい口調でそう言った。
「・・・・・・・・・・」
その言葉に、前を歩いていたは一瞬足が止まりかけるが、持ち直し足を進める。
「三年生卒業しちゃうし、俺達も二年になっちゃうし、色々変わっちゃうよな〜。
あー、寂しい悲しい。」
続けて澤村は、またもやわざと下手な演技かかった口調で言うと、
はぁ〜あ・・と、わざとらしい大きなため息をついて、残念そうな表情で首を左右に振った。
「・・・・・っ・・・・」
の足が止まる。
「ん?どうした?」
澤村はそんなの背中に、笑顔・・・営業用スマイルで微笑みながら問う。
答えなど知っているくせに・・・・
「あーーー!もーーーー!わかってるわよ!
わざわざ、あてつけみたいに言わないでよ!嫌味だなーー!!!」
は振り返ると、澤村に怒りながら、けれど少し恥ずかしくて困ったような表情で怒鳴った。
「なにがだ?」
澤村は、しれっと作り笑顔で微笑む。
「もう・・・普通に言えばいいじゃないの・・・・・・それか・・・放っておけばいいじゃない・・・・。」
澤村らしいといえばらしいやり方なのだが、ばつが悪くては怒鳴った後、少し恥ずかしそうにそっぽを向く。
「ほっといたけど、いつまでもぐだぐだ暗ぇ顔してるから、耐えかねたんだよ。
多少なりとも周りに伝わるんだから、さっさと終わらせやがれ。」
と、さっきまでの一見穏やかで優しい微笑みから一転、眉間にしわを寄せて、
めんどくさそうに腕を組みながら澤村は言い放つ。
「っ・・・・出た、本性・・・・」
は、そっぽを向いたまま、その澤村の態度と言葉に、ぼそりとつぶやく。
「なんだよ。」
「なんでもないです。」
澤村が、あ?と聞き返すとは少し嫌味っぽくそう言い、前に向き直り再び歩き出した。
「もー・・・いいじゃない、一人でセンチメンタルに浸ってるだけなんだから・・・・」
はぶつぶつと背後の澤村に文句を言う。
「浸ってたってしょうがねぇだろ・・・・」
これだからお前らは・・・という風に、澤村は怪訝に言う。
中学時代に過酷な経験をした澤村は、そこらへんはライトだ。
それでも・・・桜井の策略で、この上南高校に入学してきてから今までで、
少しはその部分も年相応とは言わないが・・・・穏やかに・・・柔らかく・・・優しくなってきた。
にこうやって声をかけているのが、その何よりの証拠である。
以前の澤村なら放っておいて、腹の中でけなしているだろう・・・。
まぁが澤村にとって、少し特別な存在というのも理由ではあるが・・・・
「まぁ・・・ね・・・・頭ではわかってるんだけどねぇ〜。
わかってるけど・・・やっぱり、三年生のいない体育館とか、練習風景とか、学校内とか見ると・・・
ああ・・・って悲しくなるのよ・・・・」
前を歩いているの首が、少し傾く。
「インターハイに向けて、練習してる時とかさ・・・インターハイの時とかさ・・・・
まだそんなに経ってないんだけど、あの時がなんか・・・凄い楽しかったな〜良かったな〜って、
最近よく思い出すんだよね・・・・・あのまま、時間が止まってくれたらよかったのにな〜・・・って・・・・」
とは歩くスピードを緩めながら、少し恥ずかしそうに、ははは・・・と笑う。
「・・・・・・・・・・」
二月の寒く暗い夜空の下、所々にある白い蛍光灯の光をあてにしながら、部室棟へ向かう二人。
澤村は寒さに、上着のポケットに手を入れ、少し首をすくめながら歩いていた。
吐き出す息は、白い。
黙っての言葉を聞いていた澤村・・・。
自分には定番の何の解決にもならない優しい慰めの言葉をかけるつもりはないので、
ただ黙って聞いていた・・・・。
本人の気持ちの問題なので、自分がどうこうできないのはわかっているし、
けなすことも出来たが・・・今の澤村にも、少しはその気持ちはわかるので、
何も出来ないが、まぁ、話して心の整理がついて解決するのなら・・・と、
話を聞くために、わざとの心情を嫌味っぽく言ったのだ。
「まぁ、時間はとまらねぇからな・・・・」
澤村は相槌のようにつぶやく。
「そうだね〜・・・やだねぇ〜・・・・」
は残念そうに、あーあ。と、ため息をついた。
「・・・来年は・・・カサハリたちが卒業して・・・・
俺らが三年になって・・・・・そいで、卒業してくっていう・・・・」
「ああ〜〜〜!!やめて!!!もう辛い!!!言葉だけで無理無理!」
は、背後でぽつりぽつり言う澤村の言葉に、頭を抑えて叫んだ。
「お前・・・・・」
つらい!と騒ぐに、澤村は半ばあきれ気味に突っ込む。
「もー・・・・一生このまま・・・いや、少し前のまま、
変わらないでいてくれたら良かったのにな〜・・・・・」
悲しそうな声では真っ暗な空を見上げた。
「まぁ、時間がたてば・・・変わらないものはそうそうないからな・・・・」
澤村はしみじみと何かを思い出しているのか、視線を遠くの真っ暗な校庭の方へと向ける。
そろそろ部室棟が近くなってきた。
「そうか・・・ないのか・・・・・」
そうだよなぁ〜・・・とはげんなりした様子で大きなため息をつく。
大きな白い息が、宙に舞った。
「ああ・・ねぇなぁ・・・・・」
澤村が、目を伏せながらそうつぶやくと、部室の前についた。
「ストーブついてる?」
が澤村に問うと、ああ。と澤村は答える。
そしてがドアノブに手をかけ、開こうとすると、
「あ、変わらないもの一つあったな。」
と、澤村が急に思い出したかのように言った。
「え?」
はドアノブを握ったまま、聞き返す。
「何をしても、どう足掻いても・・・・・過ぎた過去は変わらねぇ。」
扉を開こうとするの脇で、澤村は両手を上着のコートに入れたまま、
少し下を向き、目を伏せながら、白い息でそう言った・・・。
ぼんやりとした薄暗い灯りの中、つぶやくように言われたその言葉に、
は瞬時に以前聞いた、澤村の過去の話を思い出す。
どんなに嫌でも、辛くても・・・・変わらない、過去・・・・。
「そう・・・か・・・・そうだね・・・・・。」
確かに・・・とも少し俯きながら答え、ドアノブを回し扉を開く。
開いたドアの隙間から、中からの明るい光が差し込んだ。
そして、ストーブによって暖められた、暖かい空気・・・・。
「ま、だからせいぜい楽しい思い出づくりに励め。」
と、ころっといつもの淡々と飄々とした澤村の態度に戻ると、
が開いたドアから澤村はスルリと中へと入っていった。
そして明るい部室の中で、あったけー。とストーブに手をあてて身震いをする澤村を、
はドアを開けたまま、冬の寒い暗闇の中見つめていた・・・・。
「何してんだよ、寒ぃだろ。早く入れよ。」
すると、澤村は怪訝な顔つきでに言う。
「・・・うん!」
は少し嬉しそうに部屋の中へと入り、扉を閉めた・・・。
良い思い出も、つらい思い出も・・・・ずっと、一生変わらない。
終
かなりお久しぶりのハレビ夢。
サイト11周年ということで、久しぶりに書いてみました。
2013/04/01....