ようこそ、16
「・・・で、いい加減放したらどうでい、このエロガキが。」
ガッと頭上で何かがぶつかる音がして、はギリシャに抱きしめられたまま、硬直する。
「・・・触るな・・・離せ、バカトルコ・・・・」
頭上では、トルコの手のひらが、からギリシャを引っぺがすように、ギリシャの顔面に押し当てられていた・・・。
の肩を掴んでぐぐぐ・・と、トルコが力を入れると、それに対抗してギリシャがぐぐ・・っと首に力を込め、
なおかつを取られてなるものかと、抱き締める腕に力を込めた。
(うおっ・・!くるしっ!)
ぎゅうっと入った力に、は心の中で叫び声を上げていた。
ギリシャがトルコを足で蹴っ飛ばしていたり、トルコがの胴体に手を回して、はがそうとしたり、
わあわあと罵り合いながら、半ば取っ組み合いの喧嘩になっている所には挟まれ、
揉みくちゃにされながら、時折「いたっ」や「ちょ・・っと、お二人・・とも!」など言っていたが、
そんな言葉は二人の大声にかき消され、ぐらんぐらんと回る視界の中、
誰かこの二人を止めてくれ!!と思っていると・・・
スパン!!
という勢いのよい、鋭く強い音が部屋に響いた。
「「「・・・・・・・・・」」」
三人が畳の上で揉みくちゃのまま静止して、顔を上げると、
「なにをして、らっしゃるんですか?」
にっこりと微笑んだ日本が、障子を開き、部屋の入り口で冷たいおしぼりの乗った
上品な木製のおしぼり置き片手に立っていた。
「なんだか賑やかな声が聞こえましたが・・・・」
いつもの様に静かに障子を閉め、スススと歩く日本。
だが、明らかにいつもとは違う・・・はその日本を見て思う・・・。
何か・・・言葉では言い表せない、泣く子も黙るオーラ的な物を発していた・・・。
「い、いやぁ・・・ははは・・・」
「な、ん、でも・・・・ない・・・・」
掴み合っていた二人も、これ以上、触れてはいけない琴線に触れぬよう、
どちらともなく静かにススス・・・と引き下がり、席に戻った。
「・・・・・・・・」
は一人、ぽかーんとあっけに取られその場に取り残されていたが、
ごくりと息をのむと、知られざる日本の一面を知り、日本さんって実は凄いのか・・?
と、自分の国の知らない実態が気になった。
そして乱れた髪や服を直しつつ、自分も席に戻ると、
「はい、さん。冷たいおしぼりです、どうぞ。」
目元が赤くなってしまいますからね。と、今度はいつもの笑みで、
日本はひんやりとしたおしぼりを渡してくれた。
「あ、ありがとうございます・・・・」
少し、ドキドキとしながらも受け取ると、ひんやりとした指先の感覚が気持ちよく、
そのままそっと、それを目元に当てた。
ほてった皮膚に、冷たく心地よく、スッと心まで落ち着いた。
「さて・・・これからのことですが・・・・どうしましょうかねぇ・・・・」
がおしぼりの心地よさに浸っていると、しばらくして日本がそう話を切り出した。
「・・・・・」
その言葉を聞き、はおしぼりを目から離し、顔を上げる。
「は・・・やっぱり、日本に戻れない・・・の?」
ギリシャは少し眉間にしわを寄せて、日本に問う。
「ええ・・・・今の所はやはり・・・・」
袖を口元に当てつつ、日本は申し訳なさそうに少しうつむいて答えた。
(ああ・・そうだった・・・)
はその会話を聞いて、すっかりそのことを忘れていた自分に気付く。
いや、忘れてたわけではないのだが・・・なんだかそれどころではなかった。
やっぱりこの二人といると落ち込んでる暇がないや・・・と、
は苦笑いしてしまいそうになるのを堪えた。
すると、
「また俺んとこで過ごしゃあいいじゃねぇか。」
と、トルコの淡々とした声が、ポンッと横から耳に入ってきた。
含め全員が、トルコを見ると、トルコは座布団の上であぐらをかきながら、
お茶を飲もうと湯のみ茶碗に手をかけていた。
そして「なぁ?」と、に問いかける。
当たり前のことかのように、自然にそう言ってくれたトルコに・・はなんだか嬉しくて、
自然と頬が緩んでしまいそうになり、ぐっと堪えた。
本当は、ただ単純に、YES、NOの返事ではなく「ありがとうございます。」と微笑み返したかった。
しかしそれでは会話にならないので、堪えたのだが・・・
「・・ですが、うちの方ですし・・・やはりうちで過ごして頂くのが道理では・・・」
やはり、日本がそう言い出し、堪えてただ黙っていて良かったと、は思う。
するともう一人、
「うち・・・うちに来て構わない・・・うちに来るといい・・・ね?・・・」
「てめぇのとこなんかに置いとけるかい、エロガキが。」
ギリシャがの手を取りそう言うと、間髪入れずにトルコが反対側からケッと言い放った。
「俺はに聞いてる・・・黙ってろクソトルコ・・・」
死ねトルコ、とぐちぐち言っていると、ああ?とドスの聞いた声でトルコが返す。
「お二人とも・・・?」
「「・・・・・・」」
しかし、鶴の一声ならぬ日本の一声で二人はビクッと黙り、顔を背けた。
「そうですねぇ・・・・・・さんは・・・どうしたいですか?」
「え・・・」
一人蚊帳の外で、自分がこれから過ごす場所が決まるのを他人事の様に眺めていただが、
急に話を振られ、返事に戸惑う。
自分の意見・・意思など言っていいのか・・・置いてもらうのだから、
自分に決定権はないだろうと思って眺めていたのだが・・・
「・・・私・・・・ですか・・・・」
はどうしようかととぎれとぎれに言葉を出すが、なんと言おうか悩んでいた。
一番いい・・当たり障りないのは「置いてもらう身なので、お任せします。」だろう。
だがふと、あの夕焼けの帰り道での事を思い出す。
あそこで、トルコにちゃんと自分の意見を言うように、意思を示す様に言われた。
言ってもいいのだと、教えてもらった。
「・・・・私・・は・・・」
自分がどこにいたいか。
これからどこで、この世界を過ごしていきたいか・・・自分に問いかけてみる。
「とりあえず・・・の、間だけでもいいので・・・・」
ぎゅっと両手を膝上で握りしめながら、言葉を絞り出す。
「また、トルコさんの所に・・・・いてもいいでしょうか?」
そう言いながら、は少し俯かせていた顔を上げ、おそるおそるトルコを見た。
すると・・・・
「あったぼうよぉ!」
トルコは『なぁにそんな遠慮しながら言ってんでい!』と、ニッと明るく微笑みながら返してくれた。
「・・・・・・」
その言葉と笑顔に、は緊張していた心をほっとなで下ろす。
自分の意思を出すことに、なんだかとても勇気がいった。
こんなに勇気のいる事だったかと思えるくらい・・・。
それはもしかしたら、しばらく意思表示することをしなかったからかもしれない・・・。
最後にいつしたとか、細かい事までは覚えてはいないし、
ちゃんと大体はしていたと思うのだが・・・
もしかしたら、それはほんのささいな事ばかりで、ちゃんとした大きな、大切なことは、
いつも流れや、人任せにしていたのかもしれない。
でも今、こわごわと、とぎれとぎれにでも、自分の意志を伝えたら、トルコは微笑んでくれた。
伝えてよかったと、は思った。
「・・・そうですか、ご本人がそう言うのでしたら、
トルコさんもそう言って下さってますし、私は異論ございません。」
日本は、柔らかく微笑む。
「少しの間でしたが、やはりもうトルコさんのお宅に慣れてしまったのですかね。慣れた所が一番ですしね。
でも、どうぞうちにも遊びにいらして下さいね。しばらく滞在していただいても構いませんし。
日本のこの雰囲気が、恋しくなる時があるでしょうから。」
「はい!ありがとうございます!」
にっこりと微笑んでそう言ってくれた日本に、は感謝の気持ちを言葉と表情で必死に表した。
「・・うちにも・・・来てね・・・待ってる・・・・」
すると不服そうな顔をしたギリシャも、そう言ってくれた。
「はい!必ず!」
そしては笑顔で返す。
いきなりこんな世界に来て、帰れなくなり、
元の世界のみんなに忘れ去られているだろうことは、悲しくて、辛い。
だが、これからの、ここでの生活も・・・そんなに悪くはないんじゃないかと、は思えてきた。
むしろ、楽しい日々が待っているんじゃないかと・・・
漠然と、何の根拠もないのだが、そんな風にまでは思えてきて・・・
余りにも先が見えないと、楽観的にもなるのかな。と、
は自分で自分がおかしくて、つい笑ってしまいそうになった。
これからの日々が、どんな日々であろうと、
周りの人達に助けられながら・・・なんとかやっていけそうな、
はそんな気がしていた。
終。
2010/05/24....