ようこそ、12
目の前にはぼんやりとした明るい天井。
は視線を光の源へと向ける。
そこからは日が昇ってきた時、特有の光が差し込んでいた。
「ん・・・・あー・・よくねた・・・。」
つぶやきながら、寝ていたベッドから半身を起こし、
は窓から差し込む光に照らされた、部屋の風景へと視線を移した。
昨夜、色々とあったが、結局、はゲストルームを使わせて貰いこの部屋で眠った。
それでも、元の世界の部屋の二倍広くて、何十倍も豪華だ。
最低限だけれども何不自由のない家具類なども揃っている。
あと幾日過ごすのか分からないが、ありがたやありがたや・・と、
ゆっくりと部屋内を見渡していただが、ふと、部屋に差し込む光が一般的に起床する時間帯の、
あのきらきらとした光ではない事に気が付いた。
午後ではない・・が、嫌な感覚がして、は慌てて周りを見渡し、時計を探す。
視界の隅にアナログ時計の白に黒字の文字盤と、針を捉え、通り過ぎた所へと戻す。
ベッド脇のテーブルに、小さなオリエンタル情緒漂うアナログ時計が置いてあった。
と、同時にその針が示す時間を目に入れ、は更に慌てた。
「もう、昼じゃん!!」
そう、時計は既に11時半を回っていた。
「何でそんなに熟睡してんのよ!!」
自分に悪態を付きながら、はベッドから飛び出すと、急いで身支度をし始めた。
「お、おはようございます!」
いや、朝じゃないから違うか・・と、ぶつくさ思いながらも、
は急いでやってきたリビングにトルコの姿を見つけると挨拶をする。
「お、おはようさん。よく眠れたみてぇだな。」
トルコは大きめのソファに片足を折り曲げて乗せ、ゆったりと座り、新聞を読んでいた。
トルコはに顔を向け、は新聞にちらと視線を向ける。
そこにはには解らない、明らかに英語ではない文字・・・
どうやら一緒にいても、文字を読み解く事は出来ないようだ。
「はい、すみません・・・お昼まで寝てて・・・」
と、が立ったまま申し訳なさそうに言うと、トルコはしばしを見つめ、
顔の上半分を隠している白い仮面を押さえ、眼鏡をかけ直すかの様な仕草をした後、
立ち上がり、を見る為少し顔を下げ、軽く微笑む。
「また、気にしなくていい事、気にして謝ったな?」
「え・・・あ。」
はトルコの微笑みに、どこか怖い物を感じながら、その言葉に昨日言われた事を思い出す。
「あ、え・・す、すみません・・・」
しどろもどろに俯いて謝ったに、
「なんてな。朝から脅かしすぎたな、わりぃわりぃ!」
トルコはハハハッ!と笑いながら、またもやの頭に軽く手を乗せた。
「でも・・・疲れてたんだから当然だろぃ?疲れがとれてよかったじゃねぇか。謝ることなんざなんもねぇさ。」
そう言うと、飯持ってくる。と、キッチンへと向かっていった。
今日はカーキ色のカーゴパンツに、黒いTシャツというトルコの後姿を見つめながら、
はこんなに甘やかして貰っていいのだろうか・・・
向こうに戻ったら余計辛い生活になりそうだ・・・と、思うと同時に、
自然とだらしなく緩んでしまった口元を押さえ、引き締めながら、
運ぶのを手伝おうともキッチンへと向かった。
「さーて、今日はどうすっかな・・・」
「え?」
トルコもまだ済んでいなかったらしく、昼食を一緒に済まし、食後のチャイを飲んでいると、
トルコがつぶやき、はチャイからトルコへと視線を移した。
「日本からの連絡がいつ来るかわかんねぇからよぉ・・・今日なのか明日か明後日なのかもわかんねぇから、
今日ぐれぇは家で電話待ってようかと思ってな。で、俺は仕事してればいいけど・・・は何してっか。」
「あー・・そうですね・・・」
はそう問われ、つい気の抜けた返事をして思考する。
自分が今、この世界でやる事、やらなければならない事は何もない。
『自由』だ。
向こうの世界で欲しかった「時間」や「暇」が余るほどある。
けれどいざあるとなると、戸惑うのもまた人間。
しかもここはよそのお宅。
自宅ならする事もしたい事も山ほどあったり、なくても見つけたり、
それこそとりあえず、だらだらと寝そべってテレビを見ているのもありだ。
しかし・・・そんな事は当たり前だが、出来ない。
「・・もし、構わなければ・・掃除機かけたり、庭とか軽く掃除してても良いですか?」
は当たり障りのない答えを選んだ。
「掃除かい!・・ん〜〜・・まぁ、かまわねぇけどよ。でも、客人に掃除させるつーのもなぁ・・・」
眉間に皺を寄せつつ、突っ込みを入れた後、トルコは渋い顔をしながら胸の前で両腕を組む。
「え、私、お客さんなんかじゃないですよ!
突然やってきた迷惑な居候じゃないですか・・・なので、お掃除くらい・・・」
トルコの言葉に今度はが慌てふためいた。
すると、トルコは少しムッとした表情で、言う。
「迷惑な居候・・・って、俺ぁそんな事これっぽっちも思ってねぇぜ?」
トルコは顔の前に手を出すと、親指と人差し指で僅かな隙間を作った。
そして、語る。
「トルコには昔から、旅人は丁重にもてなせ。つー教えがあるんでえ。
その日知り合って、意気投合して家に泊めたりする事だってあらぁ。
突然でも何でも、知り合ったのは何かの縁、出逢ったのは何かの導き・・・と、思わねぇかい?」
言い終わって、トルコは腕を組んだままの、その、嫌味のない大きな態度に似合う笑みを、
口唇をニッと大きく横へ伸ばし、に向けた。
「・・・・・」
はただ、何も言わず、動かずに、トルコを見つめていた。
正確には、見惚れていた。だろう。
何も考える事が出来なかったのだ。
「だから、お前さんは・・・それこそ、現れ方があんなだったしな、
神さんが巡り合わせてくれた客人なのかもしれねぇ・・・
だから、迷惑だなんて思っちゃいねーぜ。」
それに俺ぁそんなちいせぇ男じゃねぇやい!と、トルコは最後に付け足すと、
外国人らしく、なんでもない風に肩をすくめた。
神様が巡り合わせてくれた客人。
その言葉はの心の深くに留まり、ふんわりと軽く、
けれど、しっかりと、じんわりあたたかさを発していた。
染み行くあたたかさのせいか・・・心拍数が上がっているのも、は、また、感じていた。
向こうは深い意味など含んでいないのは明らかで、それは分かっているのだが・・・
こんな事を面と向かって・・・しかも、こんな格好の良い、外国の男性に言われたら・・・
たまったもんじゃない。
心が動じない方が、問題だ。
「・・・すみません・・・・ありがとう・・・・・ございます・・・」
色々と想いに耽りたいだが、とりあえず、目の前のトルコに言葉を返す為、
どうしたら良いか分からない恥ずかしさに、一人耐えながら、
トルコの器の大きさを、過小評価していたわけじゃないが、先にそれを詫び、
客人として、あたたかくもてなしてくれている事に、感謝する。
そして、少し火照っている・・・おそらく、鏡を見たら赤くなっているだろう頬と、
どうしても緩んでしまう口元を隠す為に、顔ごと視線を下へ向け、ティーカップに再度、手をかけた。
続。
2009/10/12....