ようこそ、11
「あー!着いた着いたぁ!めしめし!!」
大声でそう叫びながら、お腹が空いて玄関に飛び込んで行く少年のように、
トルコはこちらの世界での玄関代わりである、大きなガラス張りの窓をガラリと開け、
乱暴に靴を脱ぎ、足早に室内へと入って行った。
トルコでは日本同様、室内では靴を脱ぐ。
大切な絨毯を極力汚さないようにする為なのかな?と、は密かに疑問に思っていたが、
日本とトルコの意外な共通点だった。
そして靴を脱ぎ捨て、足早に中へと歩いて行くトルコの後に続き、も家の中へと入る。
窓を閉めようと振り返った先には、もう空のオレンジ色はほぼ消えていて、
微かなオレンジと青のグラデーションから、綺麗な藍色・・・
そして濃紺のグラデーションが空には広がっていた。
窓を閉め、なんとなく一つ息を吐いた後、は廊下へと進む。
そして廊下から見える、リビングの先の窓には・・・日も当に暮れた、暗闇が広がっていた。
(・・・体内リズムがおかしくなりそうだ・・・)
乾いた笑みを思わず浮かべながら、はそのまま足を進めた。
「おう、何か簡単に作っちまうけどいいかい?」
するとひょいと、リビングの隣にあるキッチンから、トルコが顔を出す。
「あ!すいません、手伝います!」
疲れていた為、さっさと歩いて行ったトルコと対照的に、
のろのろと歩いて来ただが、トルコが顔を覗かせ慌てて自分もキッチンへと向かう。
「おっとぉ!お前ぇさんは座って待ってろい。疲れてんだろ?」
しかし近くに来たに、トルコは手のひらを見せると、そう言い、足を止めさせた。
「え、あ、でも・・・」
そういう訳には・・・と、が思っていると、トルコは腕組みをして・・・
「さっき、俺ぁなんつった?」
少し首を傾げながら、上からを見下ろし、
「俺が何を言いたいか分かるよな?」という笑みを、ニタニタとに送っていた。
「あ・・・」
その言葉とその笑みに、はもちろんトルコが何を言いたいのかすぐに察し、
またやってしまった。と、顔に焦りの色を浮かべる。
そして日本以外の国から見て「気の抜けた声」と言われる、
「あー・・えー・・」という言葉を二つ三つ続けると、
「えっと・・じゃあ、すみません・・お言葉に甘えさせて頂きます。」
そう言いながら、は少し申し訳なさそうに微笑んだ。
「おっし!んじゃあ、ソファで待ってな!」
の言葉を聞くと、トルコは分かってんじゃねぇか。という風にニシッと微笑み、
組んでいた腕を解き、その大きな手のひらを子供を褒める時のように、
ポンポンッと二回、の頭に乗せた。
「・・・・・」
その行動に黙り込むをよそに、ご機嫌に鼻歌を歌いながら、トルコはキッチンへと戻って行った。
(いや・・・・別に良いんだけどさ・・構わないんだけど・・・・なんていうか・・・・)
そしては一人、なんとも言えない恥ずかしさに頬を染め、
嬉しさも含まれているような苦い表情をして、俯くと、
大きな溜息を一つ吐き、困った風に頭に手を置きながら、ソファへと向かって行った。
(あー・・・疲れた。)
ぼふっと身を投げる様にソファに座り、背もたれに身を預ける。
実は帰り道で疲れを感じてから、その疲労はどんどん増していた。
正直、もうご飯を食べずにこのまま寝てしまいたい・・が、
折角ご飯を作ってくれているのでそうも行かず、
襲ってくる猛烈な眠気と闘いながら、は必死に意識を保っていた。
(眠い・・眠いなぁ・・・)
ソファに座ってはいるが、それでさえ疲労と眠気で辛く、横になりたい気持ちが大きくなってゆく。
(う〜〜・・・少し、少しだけ・・ちょっと横になろうかな・・・)
は少しだけだから・・と思いながら、ズルズルと身体を横に倒した。
が、こんな時のそんな考えがどういう結果になるかは、ほぼお決まりである。
そしてそのお決まり通り、は2、3秒後にはうとうとと瞳を閉じ、そのまま深い眠りへと落ちて行った。
「おー、めし出来っ・・・・」
湯気の立ち上る、出来立ての料理を乗せたお皿を持ちながら、キッチンから出て来たトルコ。
しかしソファのを見て、言葉を止めた。
「・・あーあ、寝ちまってらぁ。」
簡単な物でも良い香りが漂う皿をテーブルに置いて、
ソファに横たわり、すやすやと眠っているを見て、トルコはふっと微笑みながらつぶやいた。
「まぁ仕方ねぇやな・・・お疲れさん。」
独り言をつぶやきながら、さて、どうするか。と、トルコは腰に手を当てる。
料理は明日食べれば良いとして、起こしてベッドに促さなくては。
このまま起こさずに抱えて運んでやる事は容易だが・・・
目を覚ましたら叫び声を上げられそうだしな。と、トルコは苦笑し、
寝ているの側へ寄ると、横向きになっているの肩に手を置いた。
「、寝るんならベッド行った方がいいぜい。」
そして肩を揺すりながら声をかける。
するとはうっすらと瞳を開いた。
おっ、起きたか。と、トルコが安堵したその時・・・
「ん〜・・何・・・お父さん・・・」
肩に置かれた手を邪険に振り解こうとしながら、
はうっすら開いた瞳をまた閉じた。
「・・・・・・・・・・・・・」
部屋は静まり返る。
そして一人、絶句してそのままの状態で立ち尽くしているトルコの姿。
(おと・・・おとう・・・・お父さんはねぇだろおぉ!!!)
心の中でそう叫びながら、トルコはその場に頭を抱えてしゃがみ込んだ。
確かに長い年月生きているが・・・お父さんと呼ばれ、トルコは結構なショックを受けていた。
「・・確かにおらぁ、年食ってるけどよぉ・・・でもじっさま程じゃねぇし・・・」
ぶつくさ言いながらもゆっくりと立ち上がるトルコ。
そして仮面が不気味に光る。
「でもまぁ・・・『お父さん』は、良い年した娘にこんな事しねぇよなぁ?」
ニィ〜と、口元に暴れていた昔の面影が垣間見える笑みを浮かべると、
トルコは寝ているの背中と膝裏に腕を回し、よっ・・と。という声と共に、を抱き上げた。
世に言う、お姫様抱っこである。
「んん〜・・・?」
抱き上げられた違和感にはさすがに誰でも目を覚ます。
もさっきよりもはっきりとした意識で瞳を開いた。
「・・・うわあぁ!?」
目を開くと突然、間近に現れたトルコの横顔に、は叫び声を上げ、
咄嗟に後ろに下がろうと手を突こうとしたが、手は空を切る。
何故ならトルコに抱き上げられているから・・・という状況をは理解し、更に慌てる。
「なっ!な、何で・・!すいません!!下ろしてください!!」
「おー、今度こそ目ぇ覚ましたかい。」
そしてトルコは慌てるを気にも留めない様子で、正面を向いたままスタスタと歩いて行く。
もちろん表面上は平静な風のトルコだが、仮面の下・・腹の中ではニタニタと、
かなり愉快にこの状況を楽しんでいた。
「え、あ・・そうか、あたし寝ちゃって・・ごめんなさい、すみません!もう自分で歩きますから!」
自分が寝ていた事に気付き、なんとか下ろして貰おうと、は頼むが・・・
「ん〜?疲れてんだから遠慮すんない。『お父さん』はしてくれないサービスだろい?」、
トルコは下ろす様子は微塵も感じさせないまま、ごく普通の様子で歩き続ける。
そして遠まわしに先程の事をちらと口にした。
「え・・?」
はいきなり出て来たその単語にきょとんとし、何のことかとしばし思考を巡らす。
「・・・ああ!?」
そして大声で叫んでから、慌てて口を押さえた。
少し微笑んで自分の方へ顔を向けたトルコに、はなんてことだ!!と、
どうしようかと慌てながら、必死に弁解の言葉を探した。
「す・・すみません・・・寝ぼけてて・・男の人の声だったんで・・
よく父親に寝るなら部屋行けって言われてて・・・」
正確に言えばそんな事はたまに言われる程度だったかもしれないが、
はとりあえずこの場をなんとかしなくては・・と、トルコにそう弁解をした。
「そうかい〜、いいオヤジさんだったんだなぁ。
まぁ、いいじゃねぇか。このままベッドまで運んでやらぁ。」
トルコはそう言うと、仮面をしている顔で唯一見える部分の口元でにっこりと微笑んだ。
その笑顔に何も感じないほど、は鈍くない。
「だ、大丈夫です!ここで下ろしてください!!」
「まぁまぁ、遠慮するない!!」
ハハハハハ!と豪快に笑いながら、トルコはそのままを抱え、廊下を突き進んで行った。
「す、すみませんでしたー!!ごめんなさいー!
わざとじゃないんです!!許してください〜!!」
「何のことでぇ!さっぱりわかんねぇなぁ!ハハハハハ!!」
それまで、たまにトルコの独り言が響くだけだった廊下には、
今日は二人分の賑やかな声がギンギンと響き渡っていた。
続。
2009/08/20....