ようこそ、10
(・・・・日が暮れてきた・・・)
日本に見送られながら家を後にした二人。
帰路を歩いていると、はトルコ宅に近づくにつれ、日が傾いて、空が茜色に染まって来たのに気付く。
「こっち側の世界も夜があるんですね・・ずっと昼間かと思ってました。」
「ん?ああ、あるぜい。あと一応、多少だけど時差もな。」
「時差も・・・」
トルコと並んで歩いていたは、トルコのその言葉に少し驚く。
確かに一応、国境を越えて移動している訳だから・・歩いて行ける距離でも、時差があるのかな?と、
謎だらけのこの世界の不思議を、また一つは知った。
「あー、腹減ったー。」
トルコはそう言いながら、両腕を黒く短い髪と、白い仮面を付けた頭の上へ、組みながら伸ばし、伸びをする。
涼しげな麻素材だと思われる服の袖が、上げた腕から重力に従い、スルっと、少し下へとずれ落ちる。
そこから鍛えられた、褐色のトルコの腕が見えた。
クリーム色とも言える、淡い色のシャツに、夕日の茜が混ざり込み、
自分もなのだが、トルコ全体が夕日色に染まり、そんなトルコを横から眺めていたは、
しばし目を奪われ、トルコを見つめていた。
「あ!そういや昼飯食ってねぇじゃねぇか!なぁ!?」
がトルコを見つめていると、突然顔をこちらに向け、
トルコがそう言って来たので、は焦りながら言葉を返す。
「あ!そ、そうですね!そう言えば・・・もうすぐ夜ですからね、お腹減りましたね。」
見惚れて見つめていたので、その事が気付かれていないかと、は内心一人気まずかった。
(・・そうか・・まだ1日しか経ってないんだよな・・・)
そして気付く。
あまりにも色々な事があった為、もう何日か経過している様な気がしていたのだが・・・
よく考えれば、こっちの世界に来たのは、昨日の夜。
トルコのベッドの上に落ち、そして今日の昼前にバザールへと向かった。
はぐれて、迷って、やっとマンションにたどり着き、泣き喚いた。
そして日本『さん』と会い、ギリシャ『さん』とも会った。
たった1日の出来事なのに、内容が濃いせいか、とても長く感じていた。
だが、今、確実に実感しているのは、
(疲れた・・眠い、あとお腹減った・・・)
である。
は歩きながら、疲労感が急に襲って来たのを感じていた。
緊張が緩んだせいなのか・・・どっと疲れ、そして眠い・・お腹も空いているが、
極度に疲れると、食欲よりも睡眠を優先させたくなる事は、今までの短い人生でも分かっているので、
今は疲労がピークなのだろうとは思いながら、それでも重い足を黙々と黙って進めていた。
早く寝たい・・・ただその一心で。
「・・・だるいかい?」
すると、トルコがを横目で見た後、にやりと口の端を上げながら、そう尋ねた。
「え!・・あ、まぁ・・適度に・・今日色々ありましたから・・・」
「物凄くだるいです」という素直な言葉は抑え込み、は控え目にそう答えると、
トルコはニタニタと、人の悪い笑みをに向けた。
「自分の意見は素直にはっきり、ちゃんと言った方が、日本の国以外ではいいぜい。
今、おめぇさんの身体が、本当に適度にしか疲れてねぇんなら、そいつぁすげぇ。
慣れてる俺でさえ、日本の所に行くと、少し疲れんのになぁ・・・」
と、ニタニタと愉しげな笑みを浮かべながら、片手で顎をさすり、意味有り気な発言をするトルコ・・・
「え・・それは・・どういう事ですか?」
謎だらけのその言葉に、は難しい顔をしながら、トルコに問う。
「そっちの世界で実際に、うちと日本を行き来したら、飛行機でも長い時間と体力使うだろい?
そんでこっちの世界では、歩いて行ける距離だけどよ、でも一応そっちの世界がベースになってるらしくてな、
こっちで行き来すると同じってぇ訳じゃねぇが、結構体力消耗するんでぇ。
距離はあんなみじけぇのにな。
・・・だからお前さんは今、結構な疲労感があるはずなんだけどな・・・」
「・・あは、あははは・・・」
ニィ〜と、向けられたトルコの笑顔から、は誤魔化し笑いをしつつ、ゆっくりと顔を背ける。
さっき吐いた嘘がバレバレなのが、気まずい。
顔をトルコと反対へと向けてから、そんな設定なのかこの世界は・・・と思い、
下手な嘘はつかないようにしようと、心に誓う。
「んで・・だるいかい?」
そして二度目の同じ質問には・・・・
「はい・・結構、かなり・・・」
気まずくて、苦い笑みを浮かべながら、はトルコに素直に答えた。
「日本もそうだけどよぉ・・あんま自分の意見押し殺したり、譲ったり・・自己主張しないのは、
それがお国柄ってぇやつなのかもしれねぇが、あんまりしない方がいいぜぃ。」
トルコは正面に顔を戻し、歩きながら言う。
「特にこっちの世界でそんな事してたら、周りの奴らにどんどん流されて、良い様に使われちまう。
身がもたねぇし、したい事なんもできねぇぜ。だからちゃんと言えよ。YESかNO!」
そう言いながら、最後にトルコはニシッと、に微笑みかけた。
「・・・はい。」
自分に向けられたその笑みは、夕日の茜に照らされていて、その笑顔とその言葉に、は何故だかとても安堵した。
張り詰めていた風船に、そっと小さな穴を開けてくれて。
そこから少しずつ空気が抜けて行く。
そんな穏やかな、優しい・・心地よい気持ちになった。
周りの意見に合わせたり、周りを観察して周りに気を使い、空気を読み、意見を選ばなくても良いのだと・・・
この世界では、自分が思った事を、そのまま言っても良いのだと言われた。
・・それが、何故だかとてもほっとして、そして、嬉しかった。
続。
2009/06/18....