ようこそ、09













「・・・はぁ〜・・」


は扉から伺える通りの、中も豪華なトイレから出て来て、またもや溜息を吐きながら廊下を歩く。

しかし、角を曲がると、その暗い気分を吹き飛ばすかの様な、
暖かな、爽やかな優しい風が吹いて来て、は立ち止まり、風が吹いてきた方向・・・
自分が歩いている広縁の左手にある、広い庭をぼんやりと見つめた。

(・・・気持ちいい・・)

吹いて来た風は、まさしく日本の春風で、眺めている庭は綺麗に剪定された木々があり、
そして下のほうには花々・・・
土は茶色というか黄土色の・・固そうな、よく見かける日本の土だった。
懐かしい・・・と、は数日しか経っていないのに、その風景を見て思う。
穏やかな暖かい気候のせいもあるのか、なんとなく、昼寝がしたくなった。

しかしそんな事は今は出来ないので、そのまま少し歩き、またトルコと日本のいる部屋へ戻ろうとしたのだが・・・

「・・・そうだねぃ〜、まぁ、日本の観光客のおかげもあり、中々、潤ってきたぜぃ。」

というトルコの声が、近づいた部屋の中から聞こえてきた。

「そうですか、でも・・内政がまだ揉めている様ですね・・」
「あ〜・・そうなんだよなぁ〜・・中が落ち着かねぇと、外となんてやりあえねぇつーのに・・」
「国民の支持と国の目指す方向が違うのは・・大変ですね・・国民の為に加盟しようとしてるのに・・」
「まぁ、そこは上のやつらが、本当にそう思ってるかどうかは知らねぇが、一応はそうなんですけどねぃ・・」


「・・・・・」

は思わず立ち止まって聞き耳を立ててしまった。
というか、聞いていてもいまいちよく分からないのだが・・・
政治的な、難しい話題だという事は分かる。
しかし、はトルコの内情など全く知らない。
最近、イスタンブールが日本人旅行客の人気な位・・・
そもそも、自分の国の政治にも大して関心はない。
日々の勤めに追われて、関心を持つ余裕もないのだ。
テレビや新聞、ネットのニュースを見ても、また何かやってる・・・程度で、
自分とは係わりのない事だと、正直思っていた。


「・・・・・・」

しかし中で続く難しい話を聞いていると・・・・
日本の話す、最近聞いた問題を聞いていると・・・
こんな所で、日本という人自体には何も関係がないと言ってしまえばない、自分達国民の事で、
こんなに考えてくれている人がいるのかと思うと・・何だか申し訳ない罪悪感が襲ってきた。

(・・・何か・・入るに入れない・・・)

はそう思うと、立ち止まったその位置から庭を見て・・・
しゃがみ込み、少し開けられている広縁の窓から外へ足を出し、腰かけた。

「・・・・・・・」

気温がちょうど良く、風も心地よく・・気持ちいい・・・
は庭を見つめてぼんやりとした後、

(・・ちょっと横になっても良いかな・・・)

と、思い、ごろん。と、そのまま背中を床の板へ、くっつけた。


(・・・・・あー・・気持ちいいー・・)


心の中でつぶやきながら、は思わず深く息を吐き出した。

広縁は、思った通りの心地よさだった。

足をぶらぶらさせながら、広縁の床板に仰向けで背中をつけ、天井を見上げる。
天井は下から見上げるせいか、高く感じる。
影がかり、暗いが、下に差し込んでいる日の光が少し行き、天井の板が暗いけれども見える。
天井の板も、長年の月日が伺える、質の良さそうな木だった。

(・・・ここで、昼寝したいな・・)

天井を見ていると、背中からじわじわと伝わってくる、
少しひんやりとした、けれど冷たすぎない木の感触が、心地良く。
間隔を開けてふわりと吹く風が、の頬をなでて行き・・・
はそう思いながら腕を額に当て、顔を隠し、瞳を瞑った。

瞳を閉じると、他の間隔が冴えるのか、風が身体を通り過ぎるのが分かり、
風に吹かれ擦れ合う葉の音、そして時折聞こえる鳥のさえずり、
そしてニャーと鳴く猫の声など・・耳に入る音が、いつもより鮮明な気がした。
そしてそのまま、まぶたを閉じていると、ジャリっという音が聞こえた。
その音が何の音かは、今までの経験からか、は瞬時に分かり、バッと瞳を開き、起き上がろうとする。
しかし、瞳を開いて起き上がろうと身体を少し浮かして、


「・・・・お前・・だれ・・?」


自分の横で、無表情とも言える表情で自分を見つめる瞳と目が合い、はそのままの結構辛い体勢で、静止した。


「あ・・・・」


は何を言って良い物かと、瞬時に判断出来ずに、言葉を詰まらせ、その青年を見つめた。

自分が本当に寝てしまったのかは定かではないが、気付かない間にそばに立っていた青年は、
トルコよりではないが、身体がごつく、背もあり、厳つい。
けれど、髪はくるくるとカールしていて、肩には何故か猫を乗せている。
そして表情は、ぼけっとした・・何だか眠たそうな、気の抜けた表情だった。
なんとなく、体付きの割には可愛いイメージだ。

しかしそんな事を瞬時に考え、また次の瞬間には、自分が広縁で寝ていたのを見られた事にハッと気付き、
は慌てて身体を起こす。

「あ、す、すみません。えっと、日本さんに用事ですよね。今、呼んで・・・」

来ます。と言いながら投げ出していた足を床に戻し、立ち上がろうとしたの言葉を遮り、

「・・・お前・・日本人・・?」

と、その青年はマイペースに言葉を発した。

「え・・・あ、はい・・・」

も思わず言葉を返す。

「・・・日本・・に、新しい国・・出来たっけ・・・」

その青年はの言葉に、ぽつりぽつりと、そう言う。

「え・・・」

はその言葉にきょとんとする。
そして自分が国に間違えられているのだと気付いた。
ここは国の世界。という事はこの人もどこかの『国』さんなのだろうか・・・
と思ったが、そんな事を聞いている場合ではない。

「いえ、私は違いますよ。ただの日本国民です。」

手を顔の前で横に振りながら、は言った。

「・・・国民・・?何で・・何でここに国民がいるの・・・?」

するとその青年は眉間に皺を少し作りながら、怪訝な顔付きでそう言った。

「あ・・・」

しまった・・と、は思う。
さっき聞いた話によると、ここには『普通の人』はいない。
連れてきちゃいけないし、誰かいたという事も今までなかったらしい。
それなのに、ついポロッと言ってしまった。

余計に自分で話をややこしくしてしまったのだ。


「あ、そ、それは・・・あの、トルコさんの所に・・・」

何故か、落ちまして・・・とがしどろもどろに説明をしようとしたのだが、

「トルコ?」

トルコの名前を発した途端、その青年の顔付きが変わった。

「・・・・・」

は思わず黙り込む。

「・・何で、日本人のお前と・・あいつが関係あるの・・?」

その青年は、いささか恐い顔付きでそう言いながら、一歩、近寄ってきた。

「え・・いや、それは・・あ〜・・詳しいことは、日本さんに聞いてください!」

はこれ以上、話をややこしくする前にパスだ!と思い、
少し焦って笑顔でそう言うと、立ち上がり部屋の中へ逃げ込もうとした。
しかし、

「待って・・・お前に聞いてる・・・」

その青年は、逃げようと早足でその場を去ろうとしたの手首を、ガッと掴んだ。

「・・・・・・」

振り解くに解けないし、説明するのもあれだし・・・と思いながらは、その青年に言う。

「いや、私が言うとややこしくなるんで・・今、日本さん呼んで来ますんで・・・」

と、丁寧に言いながら、さり気なく、その青年の手を「離して下さい」という風に押す。

「・・・・・・」

その青年は黙り込んだ。

でも、手は離さない。


(・・・え、何これ、だんまり作戦?)


は笑顔でそのまま、そこに立ち尽す。
何も言わずに自分を見つめて手を握っている青年に、なすすべがないのだ。

「あ、あの・・・手を・・・」

離して貰えませんか?とが言おうとした時。


ー?」


すらっと、少し離れた障子が開いた。
そこから出て来たのは・・・


「・・・・・トルコ・・」


そう、その青年が発した名の人・・・白い仮面を付けた、トルコだった。



「・・・・・・・てめぇ、何してんでぇ・・・」



トルコはその場の光景・・の手首を握っているその青年と、握られて困った笑顔でいるを見て、
眉間に皺を寄せ、そう言葉を発した。

「・・・・お前に関係ない。」

そう言うと、その青年はふいっと顔をトルコから逸らす。
しかし、の腕は掴んだままだ。

「・・外で何か話し声がするから見てみりゃあ、お前ぇだったのかぃ・・・
で、何でてめぇはの手首掴んでんだ?」

そう言いながら、トルコはドカドカと二人の方へ歩いて来て・・・スパンッと、青年の手首を手刀でから離した。

「っ〜〜〜!!」

手刀された青年は、手首を押さえて、下を向き、痛みに耐えている。
トルコは結構な力で手刀をしたらしい・・・確かに、あの手を離すのは、
それなりに力を加えないと無理だが・・別にそんな事しなくても・・・と、は思う。


「ギリシャさん!」


すると突然、日本の声が響いた。

「まぁまぁ、どうなされたのですか?今日いらっしゃる予定でしたっけ?」

トルコから遅れる事、数十秒。
日本も障子から顔を覗かせて、そう言いながらパタパタと三人のいる方へとやってきた。

「・・・・ギリシャ・・?」

はその言葉に、小さくそうつぶやきながら、この場でが唯一素性のわからない人物・・・
トルコから手刀を受け、少し泣きそうな顔で、顔を上げたその青年を見た・・・。

「・・・日本・・何でここにこいつがいるの・・・」

ギリシャと呼ばれた青年は、日本にそう言葉を返しながら、トルコを指差した。

「いえ、ちょっとご・・・」

「何でいちゃ、わりぃんでぇ。」

日本の言葉を遮って、つーか指差すな。と、トルコは指された指を叩きながらそう言った。

「・・・すぐ叩くな、このバカトルコ・・馬鹿力・・暴力男・・ていうかバカトルコ・・・」

指を叩き落とされたその青年・・ギリシャは、そうブツブツと悪態を吐きながら、トルコを睨みつける。

「・・何だてめぇ、喧嘩売ってんのかぃ?勝ってやっても良いんだぜい?」

トルコはその悪態に、怒りの笑顔で口を横に伸ばしながら、不機嫌オーラを発し、そう言った。

「てか、てめぇが貧弱なんだろい。いつまで経っても貧弱だなぁ、えぇ?」

「・・・うるさい、野蛮人・・・」

お互いが、お互いを罵り合い、そこには張り詰めた空気が流れる。


(・・なん・・何なの・・?仲悪いのこの二人・・・?)


そしてももちろん、気まずい雰囲気に襲われ、居たたまれない心情で二人を見ていた。
思わずちらっと、日本を見る。

「・・・・・」

すると日本はに気付くと、にっこりと微笑んだ。
その笑顔は、どこか恐かった・・・


「はい。そこまでですよ、お二人さん。」


そしてパンッ!という音と共に、日本の声がその場に響いた。
二人・・・も含め、三人が日本を見ると・・・日本はにっこりと微笑んでいた。
しかし、その場にいる者にしか分からない、恐さが・・・日本から発せられていた。

「ギリシャさん。お客様の前ですので、これ以上はご遠慮頂きたいのですが。
そしてトルコさん、あなたは何の為に今日いらしたのですか?
今のさんのお気持ちを汲み取って下さい。」

「・・・・・・」
「・・・・すまねぇ・・・」
「・・・・」

有無を言わせぬ迫力の日本に、三人は黙り込む。
そして、一時の沈黙が流れた後、トルコが一つ溜息を付いた。

「・・・んじゃぁ、俺達は用も済んだ事だし、これでお暇するぜぇ。」

ギリシャのやつも来ちまったし。と、トルコは付け加えて、に顔を向ける。

、帰んぞ。」

「あ、はい!」

は慌ててトルコの方へと向かう。

「あ、お帰りになるのですか?では、ちょっとお待ち下さい。」

しかし帰ろうと、玄関へ向かおうとした二人を、日本が止める。

「ちょっと待ってて下さいね、さんにお渡ししたい物がありますので・・・」

すぐなので。と言うと、日本は急ぎ足でどこかへと廊下を歩いて行ってしまった。


「・・・・・・・・・」


その場に残った三人の間・・というか、トルコと・・ギリシャと呼ばれる青年の間には、
気まずい空気が流れていた。

(気まずい・・な・・・)

何か話した方がいいのかな?それとも、黙ってた方がいいのか・・とは思いながら、チラッとギリシャを見る。
すると、足元に何かが触れた。

「ニャー」

の足元に、ギリシャが肩に乗せていた猫が擦り寄ってきたのだ。

「・・・可愛いー、この子名前はあるんですか?えっと・・ギリシャさん?」

と、はしゃがんで猫をなでながら、疑問系でギリシャの名を呼んだ。

「・・名前・・・たくさんいるから・・つけてない・・・」

ギリシャはを見てから、瞳を伏せると、ぽつりとそうつぶやいた。

「たくさん・・?そんなに?」

は言葉を返す。

「・・・・・」

ギリシャはこくんと、頷いた。

「・・こいつん所、どっかから湧いて来るみたいに、そこら中から猫が出てくんでい、猫屋敷だぞ。」

そこにトルコが加わる。

「そんなにですか・・・」

少し驚きながらが言うと、

「・・・お前に関係ない・・」

と、ギリシャが言った。
その言葉にまた、ビシッと一気に空気が張り詰める。

「で、でも!猫可愛いから!いいじゃないですか。ねぇ?」

は空気を和ませる為、話を続けた。

「・・・猫・・好き・・?」

ギリシャはにそう問う。

「猫好きですよー。動物なら何でも。」

そう言いながら、はギリシャに微笑みかけた。


「・・・そう・・」



「・・・・・・・・」


どことなく嬉しそうな表情のギリシャを、トルコは仮面の下から、鋭い眼つきで見つめていた。

「ギリシャさんて、あのギリシャさんですよね?えっと・・アテネとか・・あの、遺跡とかで有名な。」

はなんと言えば上手く伝わるのか分からずに、しどろもどろにそう言う。

「・・うん・・」

ギリシャはまた、子供の様に頷いた。

「そっかー、トルコさん、日本さんに続いてお会いした、三人・・三国目?の人です。」

は猫をなでながら、ギリシャに微笑む。

「・・・名前・・何・・・」

ギリシャはに聞く。

「私ですか?です。日本人なんですけど・・今、ちょっと何故かこっちに・・・」

「お待たせ致しました。」

がそこまで話した時、パタパタと日本が帰って来た。


「あ、日本さん。」

が顔を向けると、日本は白い紙袋を手にしていた。

「これ、良かったら食べてください。色々入れておきましたので。」

そう言うと日本はにその紙袋を差し出す。

「え、あ・・・有難う御座います。わー、お茶だ。あ、お茶漬けも入ってる!」

海苔だ!お煎餅だ!等々、は中を少し見て、見えた物に嬉しい声を上げる。

「日本の食べ物が懐かしくなる時があるでしょうから、少しですけど・・」

日本はにっこりと微笑んだ。

「ありがとうございます!!」

も嬉しそうな笑みで返した。



そしてその後、それじゃあ・・と帰る二人を、日本は玄関先で背中が見えなくなるまで見送った。


「さてっ・・と。」

日本はそうつぶやくと。

「いつまでそこに隠れてるんですか?ギリシャさん?」

そう言いながら、庭へと通じる玄関の脇道に、日本は顔を向けた。

「・・・・・・・」

そこには、猫を抱いたギリシャが、壁に背を付けて立っていた。

「・・・日本・・・あの人・・誰・・・」

「・・・さんですか・・・?」

ギリシャのつぶやいた言葉に、日本は言葉を返す。
ギリシャはこくんと頷いた。


「・・・日本の方ですよ・・・後は、折角ですしご自分でトルコさんの所に行って、詳しく聞いて下さい。」


日本はギリシャの表情を見て、しばらく何かを考えた後、ふふっと微笑みそう言った。

「・・さっき・・日本に聞けって言われた・・・」

「そうなんですか?・・でもほら、トルコさんの所に行く用事が、最近頻繁にあるでしょうからその時にでも。」

日本は笑顔でそう誤魔化す。


「・・日本・・実はいじわる・・・」

「そういう事言うと、たけのこの里あげませんよ。」

「やっぱりいじわる・・・」



そう言いながら、二人は家の中へと入って行った。










続。


2009/04/15....