ようこそ、07













「粗茶ですが、どうぞ。」


にっこり微笑んで出された物は紛れも無い、日本の緑茶だった。








本田という表札を掲げた日本家屋を訪れたトルコとは、玄関から出て来たこの家の主。
本田さん・・・トルコは「日本」と呼ぶ青年に向かい入れられ、その家の中へと足を踏み入れた。

家の中は、サ●エさんで見る様な、今ではもうあまり見かけない家の造りで・・・
障子、ふすま、畳、板の廊下、そして縁側・・・・という、平屋の家だった。
古い造り。と言えばそうなのだが、それでも、
この家の材質はかなり上質だと、素人のでも分かった。




立ち話もなんですからどうぞ。と言われ、中へ促された二人。

(・・・ここは・・・何なの・・・)

は、トルコの国のトルコの部屋から歩いて着いた、この物凄く日本的な空間・・・
というか多分、日本なのだろう・・・・でも、日本ではないこの家に、何が何だか訳が分からず、
隣で靴を脱ごうとしているトルコの顔を、思わず見上げてしまった。

「・・・・・・」

の視線に気が付いて、少しこちらへ顔を向けるトルコ・・・
しかし、トルコは鼻から上を覆い隠す白い仮面から唯一見える口元で、
ニッと笑うと、靴を脱いでドカドカと上がって行ってしまった。
(あ!・・・あ〜〜〜もうっ!!)
はさっきから何も教えてくれないトルコに、少し苛立ちを感じながら、自分も靴を脱いで玄関を上がる。


「・・・・・・・」

その時、つい先日まで毎日していた靴を脱ぐ風習が、なんだか凄く懐かしく思えて、
思わず脱いだ靴を見つめて立ち止まる。

「おーい!」

しかし、先を行ったトルコに呼ばれ、ハッとして廊下を進もうとする。
「あ。」
だが、は歩き出そうとした足を止めると、しゃがみ込み、
ぶっきらぼうに脱ぎ散らかされているトルコの靴と、自分の靴を整えて、きちんと並べる。

「おい、何してんでぃ!早くしろぃ!」
「あ!はい!すいません!」

江戸っ子口調だから性格も江戸っ子風でせっかちなのか、少し苛立ったトルコの声に、
は今度こそ振り返り、トルコの後に追いつこうと、急ぎ足でやってきた。

「・・・・・・・」

「・・?」

トルコの後に追いつくと、待っていてくれた日本と呼ばれている青年が、を見つめていた。
そしてがその視線に気が付くと、彼は、にこりと静かに微笑み、こちらへ。と、二人を先へと案内した。

(・・・・なんだ・・?)
は何故微笑まれたのか分からず、戸惑いながらもその青年の後へと続いた。






三人は廊下を歩く。
日本と呼ばれる青年と、トルコは何だか話をしているが、はその話の内容よりも足元の方が気になっていた。


(・・・・板の廊下だぁ・・)


足元と言うのは歩いている廊下の事。

廊下は板張りの廊下だった。
古いと言ってしまえばそれまでだが、古いという言葉よりも年季の入った。という言葉の方がしっくりくる。
丈夫そうで立派な板・・・そして、飴色に艶めく廊下は、古いけれど毎日きちんと手入れをされて、
長い年月を経て、ここまで来た事を物語っていた。

「・・・・・・・」

なんだか見ていると、温かさが伝わってきて・・まるで田舎のおばあちゃんの家に来たような・・・
そんな経験はないだが、そんな風に思えて、思わず笑みがこぼれてしまう。

その廊下を歩いていると、更に微笑みが増す様な光景がの瞳に飛び込んできた。


「わぁ・・・」


玄関から廊下を少し歩き、角を曲がると、そこは広縁だった。
家は結構・・というか、かなり広い様子で、廊下は角を曲がると、南の庭が見渡せる広縁に通じていた。
右には、日本ではお馴染みの色の土と、松と他にも数本の木と、そして今の季節に咲く、
も見た事がある花々が咲く広い庭・・・・。
そして左手には障子戸で塞がれた部屋。


「どうぞ、こちらで少しお待ちください。」


がによによ・・もとい、にこにこして、トルコの後に付いて歩きながら庭を眺めていると、
黒髪をさらりと揺らし、日本と呼ばれる青年はそう言いながら、障子戸を開いた。

開かれた障子戸の中を見る。


「・・・・っ・・・」


その中は見事な日本の客間だった。
だが、テレビでしか見た事のない様な、立派な日本の客間。

床の畳はこれまた高級品そうな、綺麗な目と、良い香りを漂わせている畳。
座布団もふっくらとして、クッションの様・・・
そして、床の間には花と掛け軸・・・・・・完璧で素晴らしいその「日本の光景」に、
は日本に憧れて京都に来て、感激している外国人の気持ちは、
多分こんな感じなのだろうな。と、思っていた。


「失礼しやす。」


すると、トルコが鴨居に頭をぶつけない様、少し背を丸め、部屋の中へと入る。
「・・・・失礼します。」
そのトルコの行動が、何故だかおかしくて・・・家のサイズがトルコには合わないので、
頭をぶつけてしまうのだから当然の行動なのだが、やはり何故だかおかしくて、
は笑いそうになるのをぐっと堪えて客間の中へ入る。



(・・・・・寝転がりたい・・・)


そして足を踏み入れた瞬間、そう思った。

足裏の畳の感触が・・・・たまらなかった。

出来るならば、今すぐ、寝転がりたい・・畳の上で・・・それかせめて裸足になりたい。
この状況で、日本人なら誰しも同じ事を思うんではないか。と、は思いながら、
先に座っているトルコの横の座布団に座った。

「・・・・・・・」

ふとトルコを見ると、普通にあぐらで座っている・・・そして自分は自然に正座をしていた。
(・・・・・・・)
は今更ながら、国が違うんだな・・・と思う。
文化の違い、風習、習慣の違い・・・・でもこれがこの人の、この国の当たり前・・・トルコさんの当たり前。

でも、この家には何度も来ている様だし・・・そんなかしこまる間柄でもないのか・・・?
というか、別に気にするような事でもない。
それに・・・このトルコが座布団の上で正座をしている姿は・・・

「くっ・・!」

は座布団の上で正座をしている、白いマスクを付けたトルコを想像して、思わず噴出してしまった。

「っく・・っっ・・!」


「あ?なんでぃ?どうしたぃ?」

そして隣にいるトルコは、いきなり噴出して、顔を伏せて肩を震わせているを、訝しげな目で見た。
「・・いや・・何でもないです・・・っ・・。」
まだ笑いがおさまらないは、言えやしない理由を隠す為か、すいませんを連呼しながらそう言った。

「?」

トルコが頭にはてなマークを浮かべていると、二人が座った後に閉められた障子がすらっと静かに開かれた。

「お待たせしました・・・いかがされました?」

部屋に入って来た先程の、日本人形の様な青年は、二人の様子を見て問う。

「いやぁ、こいつが・・・」
「いや、なんでもないです!はい、すみません!」

トルコがを指差して、今の出来事を日本に言おうとしたのを、が胸の前で手を振って、そう言いかき消す。
なんだか話が大きくなり、笑った理由を喋らなきゃいけない事態になりそうで、は焦った。

「・・・・仲がよろしいのですね。」

そんな二人を見て、青年はふっと微笑みながらそう言う。

「「・・・・・・・・」」

二人は黙り込んでしまう。

(・・・今ので・・?)

そう思うのか?と、は思う。
何だか不思議な人だなぁ・・そう言えば、何だかホワホワしていると言うか・・
独特な雰囲気を持っている・・・と、は日本を見て思う。
(さっきから微笑まれてばかりだし・・・しかも謎の笑み・・・。)
加えては思った。

「粗茶ですが、どうぞ。」

そして、そんな不思議な人はそう言いながら、とトルコの前にコトンと、
客用あろう、綺麗な絵が描かれた、丸型の湯飲み茶碗を置いた。

「・・・・緑茶だ・・」

は漂ってきた、これまた高級そうなお茶の香りに思わずつぶやく・・・。

「・・・・・やはり、日本の方の様ですね・・・」

そして、お茶を出してくれた、日本と呼ばれるその青年は、着物の前をさっとさばくと、
向かいの席に腰を下ろし、そう言った。

「・・・ああ・・・そうみたいでねぇ・・・・・」

そしてトルコも、ズッと一口お茶をすすると、コトンとまた茶碗を戻し、話を始めた。

「日本も顔を見てわからねぇってーと・・・やっぱり、日本の新しい国とか、関連国じゃねぇ・・つーわけかぃ?」

「ええ・・お見受けした事はありませんね・・・」


「・・・・・・」

二人にじっと見つめられ、は、うっ・・と、固まる。
そして思う。いよいよ話が始まったな、と。
これで今までの謎が解ける・・・きっと、全て解けるのだろう。


「・・・あの・・私は、と言います。日本人です。
昨日の夜に、トルコさんの所に来るまでは普通に・・日本で暮らして働いてたんですが・・・。
あの・・・ここ、どこなんですか?何なんですか?訳の分からない事ばかりで・・・。」


は単刀直入に、日本と呼ばれる青年にそう告げた。

早く知りたかった。この意味の分からない状況を。トルコに聞いても教えてくれなかった事を。
そして、二人の会話にも加わりたい。そして、解決法があるのなら・・・・あるの・・なら・・・


「・・・・・・・」

日本と呼ばれる青年は、の言葉に少し驚いた顔をしながら、口元に着物の袖を当て、トルコを見た。

「・・・・そういう訳でねぃ・・・昨日の夜、俺がベッドの上で寝てたらよぉ、
天井からこいつ・・が、どういう訳かいきなり降って来たんでぃ。」

「・・・・まぁ。」

トルコのジェスチャー付きの言葉に、青年は驚きを隠せずに、まぁまぁ・・と、相槌を打つ。

「そんで、どっから来たんでぃ?て聞いたらよぉ、仕事行くんで玄関から出たら地面がなくて、
いきなり落っこちて、気ぃついたら俺のベッドの上だった・・・て訳でぃ。俺も驚いたぜ。」


「・・・・・・」

説明をしてくれるのは有難いが、何だかには、トルコがニタニタといやに楽しそうに見えて・・・・
顔には出さないが、イラッとする。

「ということは・・・日本の一般市民の方・・・ということですか?」

「そういうことだねぇい。」

二人はまた、を見る。

「・・・・あの・・だから・・私、昨日の夜から全く状況が理解できてないんですが・・・」

は早く説明をして・・と、思いながら、少し伏目がちに言う。

「あの・・それで、失礼ですけど・・・ずっと気になってるんですけど・・・・
何で『トルコさん』とか『日本』て・・・国の名前で呼び合ってるんですか?」

そしてはそう二人に問い質す。
もう、待っているより、自分から聞きに行かなきゃ駄目だと思ったのだ。


「・・・・・・トルコさん・・・あなた説明してないんですか・・・?」


「いやぁ、一応日本に確認してからと思ってねぇ。」


日本と呼ばれる人の呆れた顔に、トルコは笑みで返した。あの愉しそうな笑みで。

「・・・はぁ、あなたって人は・・・」

らしいと言えばらしいですが・・・と、小声で呟きながら、日本と呼ばれる青年は言葉を続けた。


さん・・でしたよね?何だか大変な事になって、さぞかし戸惑われたかと思います。」

日本人形の様な青年は、を見て、何故だか申し訳なさそうに微笑む。

「何から話せば良いのやら・・・・そうですね、とりあえず先程の質問にお答えしましょう。
・・・多分、信じられないかと思いますが・・・・私達の名前が国名なのは、私達が・・・・国・・だからです。」

『日本』は、苦い微笑みと一緒ににそう言った。



「・・・・・え?」


人は信じられない話を聞くと、つい、嘲る様な微笑をしてしまうが・・・今のの表情は、まさにそれだった。

「・・・信じて・・いただけないでしょうけども・・・」
何だか恥ずかしい・・と言いながら、自分は日本と言う国・・要するに『私は国です!』と言っている、
目の前にいる人間の青年は、少し顔を赤らめる。
「俺ぁトルコの国で、日本は日本の国。てーことなんだけど・・わかるかぃ?」
そして、トルコは自分と『日本』を、交互に指差しながらそう付け加える。

「・・・・・・・・」

は黙って考える・・・が、考えるのを止めた。


「・・・すいません、とりあえず質問しますんで答えて下さい。」


多分、頭の中で一人で考えていても、答えは出るはずがない。
それよりも疑問に思った事をどんどん聞いていこう。
はそう思った。

その方が早い。


というか、それしかない。




「あ、はい。お答えしますよ。」


自称日本は、笑い飛ばされなくてほっとしたのか、安堵した笑顔でに向き直った。

「えっと・・・トルコさんも日本さんも・・・国・・なんですよね?」

そして、は質問を始める。

「はい、そうです。」
「国・・って、あの・・日本て国は・・日本列島ですよね?なんで人・・人間なんですか?」
「・・え・・っと・・それは・・・」

の問いに、日本は言葉を詰まらせる。


「一般市民の知らねぇこたぁ、たくさんあるって事でぃ。」


そんな二人の会話に、トルコはにぃと口元に笑みを浮かべながら割り込んできた。
一枚板の立派なテーブルに肘を付いて、ニタニタ微笑む。
「・・一般市民の・・知らない事・・・」
はつぶやいた。
「そ、国民の・・・普通の人間が知らねぇ世界がもう一つあるってぇ事でぇ・・だよなぁ、日本?」
「・・・そうですね・・・・あの、さんは漫画など読まれてましたか?」
「え、あ、はい。」
は日本の言葉に答えた。漫画は結構読んでいた。昔から・・この年の今でも。
「あ、なら話が早いです。よく漫画で異世界とかあるじゃないですか。
あと、みんなの知らないもう一つの世界とか。パラレルワールドとは違いますけど・・・」
「・・・・はぁ・・・」
「今、私達がここにいる世界・・・トルコさんの家から歩いていらっしゃった道なども、
これらは全て、さんがいらした・・・国民の皆さんがいる世界とは別の、もう一つの世界なんです。」

日本はにっこりと微笑んだ。


「・・・・・あは・・は・・・」

そして、も口を横に広げる。
しかし、顔には明らかに戸惑いの表情が出ていた。
「・・・信じられないでしょうが・・・そうとしか言い様が・・・」
日本はそんなの様子に、少し頭を下げ、うなだれる。

「・・・・・・・・」

そんな日本の様子を見ていて、は思う。
この、自分を国の日本だと名乗る日本の様子を見て、嘘だとは考えにくい・・・
が、信じろと言われても・・・信じたいが、ありえなさ過ぎて・・・・


(・・・・でも・・)


そもそもここに来るまで・・玄関開けたら落っこちて、トルコにいた事。
トルコさんと離れたら、周りの言葉が分からなくなった事。
そして、部屋のドアが消えたり・・・・あれら実際に体験した出来事も、起こりえない事だ・・・。

起こるはずがない出来事は、有り得ない世界が根本にあるのなら・・・・納得も・・・する。

理屈は分からないが・・・・今、現実はそう言う状況の様だ・・・・。



「・・・・・・・・信じ・・ます・・・」


は瞳だけを斜め下に向け、一人黙って考えていたそのままで、ぽつりとつぶやいた。

「え・・」
「・・・・・」

日本とトルコはを見る。

「ていうか・・・信じれば、今までの事も説明付く・・様な気がするし・・・信じなきゃ、
今までの事どう説明しろっていうのか分からないし・・・・信じるしかない・・し・・・」

は二人を見ると、まだ戸惑いはあるものの、ははは、と苦い微笑を、少し晴れた顔に浮かべた。



「さすが我、二次元大国の国民!想像力と理解力がありますね!!」



日本は理解された事が嬉しかったのか、ガタッと腰を浮かし、膝で立つと、前のめりになりながら、
テーブルの上に置いていたの手に、自分の手を重ね、息も荒くそう言った。

「・・え、あ、いやぁ・・・」

何か半分、自分と私を貶してる様に思えるのは私だけだろうか・・?と、は思いながらも、
日本に合わせて微笑んだ。
そしてそんなを見て、



「・・・・・・・・・・・・・」



トルコはまたもやあの、愉しそうな笑みを、一人、ニタニタと浮かべていたのだった・・・。












続。


2009/02/10....