ようこそ、01
ピピピピ・・ピピピ・・・
「うぁ・・・・」
朝か・・・と、は布団の中から顔を上げる。
誰しもが嫌いな月曜日の朝。
布団から出たくない・・・寝ていたい・・・
それでも、遅刻する・・と、理性が働き、仕方なく起きて仕度をする。
「寝てたい・・・・」
窓から差し込む朝の光の中、立ち上がり立ったまま、半分寝ている頭で思ったことをは呟く。
(でも・・・仕度・・しないとね・・・)
眠い眼を擦りながら、は簡単に朝ごはんをすませると、
着替えたりなんだりと仕度をしてから、鞄を持つ。
毎日の生活にそれ程不満があるわけではない。
生きてく為には学生時には学校。
学生が終われば社会に出て会社勤め。
何かしら嫌な事をして、生きていかなきゃいけない。
楽しい事だけをして生きていける程、人生は楽じゃない。
いやだなぁ〜と思いつつも、なんだかんだ言いつつも、
そんな日々を繰り返して毎日を過ごしていっている。
(あぁ〜・・・・・)
だけど、やはり楽しい事だけしていたい。
何もしないで、のべーっと日々を送りたいと思う。
特に月曜の朝はそれが強い。
(どっか・・遠くに行きたいな・・・)
はそう思いながら靴を履く。
どっか、遠いところで・・・のんびり空を眺めて暮らしたい。とか、
のんびりした知らない世界に行ってみたい。とか。
バカな事を言ってる・・と、思いつつも、はそう思う。
(・・・このドア開けたら・・どっか違う世界だったりしないかなー。)
は、なんてね。はは。と、乾いた笑みをこぼしながら、
玄関のドアを開けて、顔を上げ、一歩を踏み出す。
「う・・・・っ!」
うぉ!と言う言葉が出る前に、は落下していた。
(おぉぉぉぉ!!??)
玄関のドアを開けると、そこには真っ暗な闇が広がっていた。
さっきまで玄関の脇の窓からは外の光が差し込んでいた。
だが、開けたら闇。
加えていつも通り、地面のコンクリートに足を踏み出した瞬間に、カクンと落下した。
そこには、コンクリートの地面はなく、足はそのまま踏み抜け、
身体ごと前のめりに落下する。
(っ・・・っ・・・!!!)
は全く予期せず起こったその出来事に、落下の浮遊感に、
叫びが言葉になる筈もなく、落ちている間、やはりよく聞く走馬灯。
今までの人生が、思い出が勝手に頭に次々と浮かんでは消えていた。
それは一瞬の出来事だが、いやに長く感じられ、そして次の瞬間。
ボスン!
と、は身体に柔らかい感触を感じた。
「・・・・・・・っ・・・・・・・?」
しばらく、そのまま暗闇の中にいただが、手や、足の感覚から、
自分が目を閉じてうつぶせになっている事に気が付いた。
(・・・え・・・え!?)
そして、今までの出来事に混乱、頭が真っ白になりながらも、
バッ!と手を付き、顔を上げた。
「・・・・・・・へ・・・?」
「え・・・?」
そして、唖然とする。
なぜなら、目の前には黒髪の短髪、褐色の肌、白い服。
そして、顔の上半分に白いマスクを付けた男がいたからだ。
「・・え・・・え・・?あ・・・・・」
は今、一瞬に起こった起こる訳がない出来事に頭がついていかず、
手をついたまま、眼だけで男を見たり手元を見たり、視線を泳がせる。
「・・・えっ・・と・・・・どなた・・ですか・・・」
そして、「ああ、自分は今ここに存在してるんだな。」と、
分かっていないが、少し状況を理解してきた思考で、取り合えず、目の前の男に聞いてみた。
「・・・いや、お前さんがだれだい・・」
男もきょとんとしつつも、乾いた笑いなのか、口元を少し横に広げながら返事をした。
「・・・・・・・え!?」
男の返事でようやく、意識がはっきりしてきた。
は首を回して辺りを見渡す。
そこは自分の部屋でも、玄関を開けた道路でもなく、ましてや日本ではなかった。
部屋の装飾、造りや香りから日本でない事だけは、はっきりしていた。
よくテレビなどで見ていたアラブ系の部屋だった。
広くて大きな天蓋付きベッド。シーツや布団などは全て真っ白。
絨毯はペルシャ絨毯風な柄である。
そして部屋が広い。部屋にある家具もアラブ系の物である。
ふと、は某アラビアンアニメ映画を思い出していた。
「・・・えっと・・・えっと・・・えっ・・・・」
現状を理解した後、理解出来る範囲を超えている出来事に、またはパニックになる。
辺りを見渡しながらも、頭の中は真っ白である。
緊張した時の様な、泣き出しそうな感情が沸いてくる。
次第に手が僅かにカタカタ震えて出してきた。
「・・・・・・・・・」
男は、そんなをマスク越しに見ていた。
そして、何か色々考えをめぐらせた後、クスっと微笑むと。
「お前さん、今、天井から降ってきたんだぜぃ?」
パタン。と、読んでいたらしき本を閉じると、
よいしょ・・と、呟きながら、これまた白いカバーのクッションにもたれていた背を起こした。
「・・・天井・・・から?」
は天井を見上げる。
天井は普通に天井だ。高さは自分の部屋や日本の標準よりは高いが。
「ああ、今、俺が寝ようと本読んでたらよぉ、上から急にボスンと落ちてきてなぁ。何かと思ったぜ。」
男は、にし。と笑う。
(江戸っ子・・・)
その口調仕草から、はその男に日本の江戸っ子をふと一瞬思い出していた。
しかし、やはり眼が行く・・・気になるのはその白いマスク・・・・。
「えっ・・と・・・ここは・・・どこでしょうか?」
は男に聞いてみた。
会話をしたせいか、気がつけば心は落ちついていて、手の震えもなくなっていた。
「あ?ここは俺ん家だぜ?俺のベッド。」
分かるか?と男は聞き返す。
「あ・・・それは・・はい。」
は頷きながら返事をする。
「ん?そう言えば・・お前さん・・・アジア系か?」
「え・・・?」
突然「アジア系」など言われて、はきょとんとする。
しかし、男の容姿を改めて見て、その人が日本人ではない事に気付き、返事をする。
「あ、はい・・日本人です・・・。」
「日本?あー、日本とこの人かい。」
(日本と、この人?)
は良く分からない言葉の言い回しに疑問を持つが、それは取り合えず置いておいて、
もしや・・・と、一番気になる事を口にした。
「あの・・・・ここ、どこの・・・国・・・ですか・・・?」
男は、ポンと言い返す。
「トルコだぜ。」
「・・・・・・・・・・・。」
は頭の中で世界地図の配置を思い出す・・・
トルコ・・・トルコ・・・確かあの辺り・・・・
と、思ってから、ハッ!とする。
「なんであたしトルコにいるの!?」
そして、叫んだ。
「・・・いや〜・・・それは俺が聞きてぇわ・・・なんでお前さん天井から降ってきたんでぇ?」
「いや〜・・・あたしも、玄関開けたらいきなり真っ暗の中落ちて・・・気がついたらこの布団の上で・・・」
「「・・・・・・・・・・・・・」」
二人は今さっきの出来事を口にした後、その常識では起こりえない出来事に、
口を閉ざしてしまった。
(どうしよっかな・・・)
は考える・・・これからどうするべきか。何するべきか。
そこで、あ。と気付く。
「・・・あの・・すみません、えっと・・・日本大使館に連れて行ってもらいたいのですが・・・」
は目の前のマスクの男に恐る恐るお願いした。
取り合えず、日本大使館に行けばなんとかしてくれるだろう。
自分はここの事は全く分からない。
だから、目の前にいるこの人を頼るしかすべはない。
この人が悪い人か良い人かは分からない。
どういう人かもわからないが。道は一つしかない。
「・・・・・・ん〜。」
男はしばらく、を見詰めた・・・深い緑と薄い緑の混じったにはめずらしい瞳が、
じっと見つめてくる。
そしてしばらく見つめた後、言葉を発した。
「まぁ、取り合えず今日はもう寝とけ!明日連れてってやるからよ!」
男は明るく元気な声で、にひ!と笑いながらそう言った。
「え・・・いや・・・」
は焦る。
「あ、そだ。お前さん名前は?」
マスクの男がに顔を近づけて聞く。緑色の瞳が近い。
「え・・・あ・・・」
いや、名前じゃなくて大使館・・と思いつつも、機嫌を損ねないようにと、
日本人の押しの弱さが手伝って、答えた。
「・・・です・・・・。」
「?」
微妙な発音で名字を言われ、は大体の国が名前が先、名字が後の海外文化を思い出し、言葉を付け足す。
「あ、名前は。」
「?」
「はい。」
微妙な発音だが、それは仕方ないと思いながらは聞き返す。
「あの・・あなたのお名前は・・・?」
「俺はトルコ。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
え?と、は面食らった顔をする。
「え・・・っと・・」
はなんと言えば良いのか・・・・と、思いながら言葉を探す。
国名じゃなくてあなたの名前・・・・
いや、トルコにはトルコという名前の人がいるのかも・・・
いやー・・それはないか・・・え、この人なんかそういう、思い込みとか・・・
は少し怖くなりながら、ちらっと自称トルコさんを見た。
「?」
自称トルコさんは、白いマスクでなんだい?という風に首を傾げてきた。
「あ・・・はい・・トルコさんですね。」
(大使館行くまでだから・・・いいや。)
と、は深くは聞かなかった。
日本みたいに治安の良い国はなかなかないと、海外事情に疎いでも聞く。
だから、今は身の安全を優先しよう。
そして、一刻も早く大使館に行きたいのだが・・・・
「それで・・・」
「さぁさぁ!もう寝るぞ!俺ぁあっちの部屋で寝るからよ!お前さんはここで寝ていいぜ!」
「え、いや・・ちょ・・・・・」
「じゃあな!良い夢見ろよ!」
そんな・・・某タレントのセリフ言われても・・・・・
と、思いながらはさっさかと部屋を後にする、自称トルコさんの背中に少し手を伸ばした。
しかし、バタン。と扉は閉まり、はぽつん。と広い部屋に残された。
「・・・・・・・・・・・・」
そして、布団の上でしばし、ぼけっと空中を見ながら考える。
今さっき起こった事。
朝起きて、玄関を開けたらトルコの自称トルコさんのベッドの上。
(確かに・・・どこか遠くに行きたいと思ったけど・・・・・・)
はそう思いながら、ああ・・・もういいや。と、何かが吹っ切れて、
布団にもそもそと入った。
今思えば・・・他国の知らない男の部屋で鍵もかけずに寝た事は、相当危ない事だったな・・・
と、は後から思ったりしたのだった。
続。