美味しい誘惑。
ここは世界のどこかにあるというW学園。
パタパタと廊下を走る一人の少女。
「あー、先生探し回ってたら遅くなっちゃった。なんで職員室に居ないのよ。」
ブツブツと言いながら制服をなびかせて走る。
するといい香りが漂ってきた。
「うわっ・・・いい匂い・・・」
少女の頬が思わず緩む。
(調理室か・・・こんな放課後に誰か作ってるんだろう・・・調理部?)
ちらりと通りかかりながら中を見ると、そこには背の高い恰幅のいい男子生徒の背中が見えた。
(あれ、男子が作ってる・・・)
しかしいい匂いだなぁ・・と思っていると、
「!」
その男子生徒が振り向いた。
(やばっ・・・)
少女は慌ててその場を去ろうとする。
パタパタと足早に歩き出すと、
「なぁ!」
ガラリと調理室の扉が開く音がして、低い声に呼び止められた。
「・・・・・」
自分・・・だよね?と、恐る恐る振り向く。
「ちょっと味見してくんねぇか?」
エプロンに白い仮面の男子生徒は、にしっと笑った。
「え・・・私・・・ですか?」
少女は突然声をかけられ、どきどきしながら聞き返す。
「お前さんしかいねぇだろい。なぁ、ちょっと味見してくれや。」
ちょいちょいっと手招きをする白い仮面の男子・・・と言うには
少し歳が行っているような気もするが、短髪の黒髪と顎に少しひげを生やした生徒は言う。
「・・・・・・」
少女は迷ったが、いい香りに負けた。
食欲の誘惑は強烈だ。
「うわっ、美味しそう。」
いい香りの立ち込める調理室の中に入り、ぐつぐつと煮えたぎる鍋の中身を見て、
何の料理かわからないが、香りと色合いに、少女は心を躍らせる。
「ほれ、味見してくれ。」
男子生徒は小さめのお椀に煮込み料理をよそうと、スプーンと共に少女に差し出した。
「・・・ありがとうございます」
それを受け取りながら、少女は渡してくる腕まくりされた男子生徒の逞しい腕に、
少し心をときめかせていた。
「・・・・美味しい!!」
こくんと一口飲み込むと、スパイスの香りや、トマトの酸味が口いっぱいにあふれ、
少女は顔を輝かせて叫んだ。
「そうかい。」
その言葉に男子生徒は嬉しそうに微笑む。
「スパイス効きすぎてねぇかい?塩コショウもう少し足した方がいいか?」
「いえ・・・料理のことよくわかりませんけど・・・このままで十分美味しいと思います。」
あれこれ聞いてくる男子生徒に、少女はとまどいながらも、正直なところを答える。
「・・・そうか・・・どれ・・・・。」
と、作った本人も一口すする。
「うん、こんなもんだろ。」
すると、満足げにニッと笑う。
「美味しかったです。ありがとうございました。食器洗いますね。」
そう言いながら流しに向かおうとすると、
「ああ、いいっていいって。俺がたのんだんだからそこに置いといてくれ。あとで洗うからよ。」
そう言って手を振る。
「でも・・・」
「それよりお前さん名前は?」
話をうまくそらしながら、男子生徒今更ながら聞く。
「え?あ・・・です。」
「俺はサディク・アドナン。よろしくな。」
「・・・よろしくお願いします。」
屈託なく笑うその笑顔に、はまたもや心をときめかせた。
「美食部でたまに調理室借りてなんか作ってっから、また通りかかったら来てくれや。」
「はい・・・・それじゃあ。」
「おう!またな!」
(美食部の人だったんだ・・・・サディクさん・・・多分、先輩だよね・・・・)
は調理室を後にして、廊下を歩きながら、
放課後の調理室・・・・要チェックだな・・・と、一人にやにやと微笑んでいた。
終。
2011/10/16....