これからもっと。
(さて・・一服するかい。)
仕事に一区切りつけたトルコは、机の上の書類をトントンと整えると、
使い込んで艶やかに輝く、こげ茶色の椅子から立ち上がった。
「ん〜・・・」
肩や腕の筋を伸ばしながら、廊下を歩き、リビングに出る。
「・・ー、茶にしねーかー。」
そして色々あり、同居しているの名を呼ぶ。
リビングにいないとなると、部屋か庭かな・・と、トルコはとすとすと、
ゆったりした動作で、庭へと向かった。
まだ、どっちの世界も時間は昼。
大抵は部屋よりも庭にいる事が多いので、
トルコは先に庭を見たのだが・・・・
(部屋・・か・・・?)
一枚ガラスの引き戸から見える庭には、の姿はなく、
トルコは引き返し、部屋へと向かった。
「ー。」
トントン、との部屋になっているゲストルームの前で、
トルコはの名を呼ぶ。
しかし中から返事はなく、寝ているのかな・・・と、思いつつも、
いつもなら寝てても飛び起きて返事をするので、違和感を感じ、再度ノックする。
「ー・・・寝てんのかー?」
声をかけてみるも、やはり返事はなし。
トルコの胸に、じわりと不安が湧き上がる。
思わず、悪いと思いながらも、ドアノブに手をかけ、がちゃりと部屋の戸を開けた。
「・・・・いねぇ。」
部屋の中にの姿はなく、トルコの胸に沸いてきた不安は、
じわじわと大きくなる。
以前から、頭の隅にはあったこと。
けれど当分、先だろうと・・・気にせずにいたこと。
「ー!・・・・!」
トルコは家の中を早足で歩きながら、の名を呼び、探す。
他の部屋、バスルーム、キッチン、トイレ・・・
どこにもの姿はなかった。
「・・・・・・・」
もう一度、トルコは庭に出た。
サンダルを履いて、タイルの上を歩く。
庭にある、小さな噴水の脇のソファの上に、開いたままの本が置いてあった。
日本語の本・・・
「・・・・・・・」
ここに居たのは確かだ。
けれど、どこにも姿はない・・・
「・・・・・」
トルコは小さく息を吐く。
「行っちまった・・・かな・・・」
以前から思っていたこと。
現れたのは突然だった。
だからきっと帰ってしまうのも・・・・突然だ。
(それにしても早いじゃねぇか・・・)
まだここに来てから、そんなに経っていないのに・・・。
トルコは残された本を手に取り、パタンと閉じる。
そして本を口元にあてた。
「・・まいったねぇ・・・」
そしてつぶやく。
まさかこんなに、ダメージを食らうとは・・・。
それは自分でも、思っても見なかったこと。
(・・・ん〜・・ちっと、歳の差ありすぎねぇかい?)
それ以前に人と人でない物だとか、帰ってしまったとか、
思うことはたくさんあるのだけれど、
トルコは気付いた自分の気持ちを、まず素直に認めて、ははっと苦笑いした。
そしてそれから・・・・あふれるのは、切なさ。
「・・・・・・」
さわ・・っと風が吹いて、木々の葉を揺らす。
トルコの頬も撫でて、風は遠くへ消えてゆく。
(せっかく気付いたのによぉ・・・)
トルコは落としていた視線を空へ向ける。
また、会えるだろうか・・・
元通り、人の世界の日本で暮らしているのなら、自分が会いに行けばいいだけなのだが、
もしもそこにいなかったら・・・。
こっちに来た時のように、神様か何かの悪戯で、神様が自分に悪戯するために、
を作ったとしたら・・・・にもう二度と、会えないとしたら・・・・・
「・・・・・・」
トルコの眉間に、ぐっと皺が寄った。
はぁ・・・と、大きな溜息をついて、トルコは顔を下げ、後頭部をがしがしとかく。
「・・・・・」
と、そこで、あるものが目に入った。
(まさか・・・・)
トルコは『頼む。』と、心の中で祈った。
そして本をソファに投げると、早足で歩き出す。
向かった先は、庭から外へ続く、鉄製の扉。
ギィ・・と、重い音をたて、扉を開けたトルコは、
扉を閉めないまま、ザクザクと道を歩く。
一縷の望み・・・まだここにいるとしたら・・・可能性は外だ。
ここを探してもいなかったら、マンションの方の出入り口から出たか・・・。
探してみよう。と、トルコは思う。
自分といなければ言葉の通じない、向こうへはいかないと思うが・・・わからない。
可能性はある。
全ての可能性を潰そう。
嘆くのはそれからだ。
トルコは道を進み、突き当たりに出ると、左右に続く道、両方へ交互に顔を向ける。
(日本の所に行ったか・・?)
しかし、心の中には、不安がある。
外に勝手に出て行っててくれ。
それは、自分の願い。
真実は違うかもしれない。
外に出たのじゃなくて、本当に・・・元の世界へ帰ったか・・・もしくは・・・・・
(とりあえず日本の所に行くか・・・)
元の所に帰ってるかも聞きたい。トルコは、はやる気持ちを抑え、
冷静に・・と、自分に言い聞かせながら左の道へと進もうとした。
しかし、
「・・・・・・」
視界の隅に、何かが目に付いた。
トルコはあふれる期待を抱えて、バッと振り向いた。
「・・・・トルコさん・・!す、すみません!」
右側の・・ヨーロッパへと続く道から走って現れたのは・・・
いなくなって気付いた、想い人。
「すみません・・・っあの・・・少しだけ・・
ちょっとだけと思って・・・勝手に・・・すみません・・・」
は何故か全速力で走ってきて、トルコの前までくると、
荒い息を繰り返し、苦しそうにしながらも、必死に謝罪を繰り返す。
「・・・・・・」
トルコは、目の前で額に汗をかきながら、
荒い息を辛そうに繰り返しているをしばし黙って見つめ・・・
ふっと、静かに微笑む。
「・・・・・・・」
トルコの沈黙に、肩を固くしていたは、
微笑んだトルコに拍子抜けしたのか、へ?と間の抜けた表情をしている。
「・・・どこ行ってたんでぇ?」
トルコは微笑みながらの髪にさらりと触れる。
「えっ・・・あの・・・ちょっと・・海まで・・・」
トルコの行動に、戸惑う。
「勝手に外行くなつったじゃねーか・・・心配しただろい?」
「あ!すみません!!本当に!・・声、かけようかと思ったんですけど・・お仕事中だったんで・・・」
トルコの手が髪を離れたのはいいが、今度は肩に置かれたので、
なんだかいつもと違うトルコの様子に、は動揺を隠せない。
「気にしねぇで、かけろい。お前のためなら仕事なんざおいて、どこでも連れてってやるからよぉ。」
トルコはそう言いながら、ぐっとに顔を近付ける。
肩をつかまれているので、逃げるに逃げられないが、
照れる様に顎を引き、視線をそらして落としたの顔が、
徐々に赤くなったのがわかって、トルコはかわいいねぃ・・と、
ひそやかにの頭上でニタニタと微笑んでいた。
いなくなってしまったと思ったが、帰って来たのだ。
もう、容赦はしない。
トルコはこのまま抱き締めてしまおうか・・とも思ったのだが、
後ろからやってきた人物達に気付いて、心の中で舌打ちをしながらそれを諦めた。
「ヴェ!トルコ!!」
ビタッと足を止めて、後ろからやってきた大柄な男の後ろに隠れたのは・・・
「おーう、クソガキとドイツじゃねぇか。」
「ちゃ、チャオ!トルコ・・・・」
「・・トルコか・・この間の会議ぶりだな・・。」
くるんとした前髪が特徴のイタリアと、
オールバックの金髪に、がっしりとした体付きのドイツだった。
イタリアはドイツの後ろから顔を出して挨拶をしている・・・
「ははは、そう怯えんなって、イタリア。」
トルコはイタリアの態度に、未だに俺のイメージは昔のままかい。と、少し悲しくなる。
「う、うん・・・あ、あのさ・・・トルコ。
その子知ってるの?俺たち今そこで会ったんだけど・・・。」
「・・・・・」
しかし、次の言葉に、トルコは顔を曇らせた。
「・・・・ヴェ・・」
イタリアも、それからトルコの変化を感じ取ったのか、
ビクっとしながらドイツの袖をギュッと握った。
「あー・・・そうか・・そこで会ったのか・・・・」
トルコは少し低めの声で、うつむいてつぶやくように言う・・・
明らかに、面白くないという感じだ。
「う、うん・・・なんか、日本に似てるよね!
日本らへんに新しい国できたっけとか思ったんだけど・・・」
イタリアはそんなトルコに対して、頭に疑問符を浮かべながらも、
の事も気になるので、話を続ける。
「・・・・いい勘してるじゃねぇか・・・」
するとトルコがニィっと笑って顔を上げた。
「・・・・ド、ドイツ・・・ドイツ・・・・」
イタリアはガタガタと震えながら、小声でドイツに何かを訴える。
それはドイツも分かっているらしく、イタリアの腕を、ああ・・と叩きながら、
ドイツもその笑みに、昔のトルコを思い出していた。
「ま、お前らどうせこれから日本のとこ行くんだろい?日本に聞いてくれや。」
「え・・・」
しかし次の時にはもう、いつもの・・・最近のトルコに戻っていたので、
イタリアとドイツはその様子とその言葉に首を傾げていた。
「さ、帰んぞー。」
「あ、はい!」
トルコはに声をかけ、サクサクと歩き出す。
「・・・・・・・」
歩きながら、イライラを少しずつ沈める。
(あ〜あ・・・他の野郎にあっちまったかい・・・)
チッと思わず舌打ちをしそうになる。
自国の風習を客観的に見たり、他国から言われるように、
自分の女に対する独占欲は相当のものだと思う。
本音はまさに言葉どおり、鍵をかけて部屋に閉じ込めておきたい。
けれどそうもいかない・・・・今の時代では。
「・・・トルコさん・・・」
「ん?」
に声をかけられ、思いに耽っていた自分に気付く。
「あの・・本当にすみませんでした・・・勝手に外に出て・・・
他の人にも見つかってしまいましたし・・・。」
自分の肩よりも下にあるの顔は見えないが、すまそうにしているのはわかる。
トルコはそんなの肩にポンと手を置き、
「気にすんない。そんな怒ってねぇからよ・・まぁ、物凄く心配はしたがな。」
「あ・・・すみません・・・」
トルコの言葉に、は顔を一層伏せて、落ち込む。
少し意地悪だったか・・・でも、そんな姿もかわいいもんだ。
と、トルコは思いながら置いた手を肩に回した。
「ま、次からは遠慮なく声かけろよ。」
「あ・・・は、はい・・・・」
肩に腕を回され、身体を固くしているの心中を見透かしながら、
トルコは楽しそうに微笑んで空を見上げた。
(さぁ〜て・・・これからどうしてやろうかねぇ〜・・・)
終。
2011/06/12....