気づいて、おっさん!
「・・・朝・・・か・・・・」
話を終えて、日本の家から帰宅した翌朝。
は明るい部屋の天井を見つめ、ぼんやりとつぶやいた。
そのまましばし天井を見つめ、
(・・さて、今日からこっちで頑張るか・・・・)
心の中でもう一言つぶやく。
国を名乗る人達の世界で、これからを過ごす事になってしまった。
元の世界での自分存在は・・・データ上は消えてしまっているらしい。
そんな事を突きつけられた翌日は、さぞ気分も重かろう・・と思いきや、
昨日あれだけ周りの人にまき散らかしたせいか、
それともやはり実感がわかないのか、そこまで気分は重くなく、
眼が覚めて、しばらくぼんやりして、起き上がり、ここ昨日、一昨日と同じ様に身支度をする。
ちらちらとこれからの事、自分が消えた事が頭に浮かんでくるが、
それらはぼんやりとしていて、それよりも今は・・・
(服とか・・・生活用品どうしよう・・・・)
そのことが気になった。
少し先の大きなことよりも、目の前の小さなことだけど、
解決しないと困ってしまうことの方が気になってしまう・・・
気になると言うよりも、解決しないと困るのだ。
だから、悩んでいたり、落ち込んでいる暇はない。
目の前の事を一つ一つ片付けないといけない。
家を出る時に持っていた物、そしてトルコが用意してくれた少しの物以外、
向こうの世界で使っていたような生活必需品を持っていない。
最低限でももう少し欲しい物が色々とあるのだが・・・
そんな事を考えながら、トルコのいるリビングへと向かった。
(外に買出しに行くしかないよな〜・・・)
歩きながら眉間に皺をよせて考える。
けれど、外に出るのなら、戻ってくるときの事や言葉の問題があるので
トルコに一緒に行ってもらわなければならない・・・・そしてもう一つ、お金の問題。
自分が持っているのは、日本円でお財布に入っているだけである。
しかも普段持ち歩いているような金額なので、あまり持っていない・・・。
どうしようかと、眉間の皺が一層深くなった。
「おはようございますー。」
「おう、おはようさん。」
リビングには、低めのソファの端で片肘をつき、背もたれに身を預け、
ゆったり・・・体格のせいでどっしりとも言える様子で新聞を読んでいるトルコがいた。
白い仮面は今日もその素顔を頑なに守る様につけられている。
「今日も早いですね・・すみません、いつも起きるの遅くて。」
これでも向こうで起きていた平日の時間と変わらないのだが・・・
トルコはいつから起きているのか、毎回ながら申し訳なく思い、は少し苦い表情で謝る。
「ああ!気にすんなぃ!俺ぁ、昔っから朝早ぇからよ・・・歳もあるしな。」
トルコはを気遣って、冗談交じりにハハハッ!と明るく笑った。
そして側のテーブルに置いてあったチャイを一口飲むと、さぁ、朝飯にすっかい!と、
鼻歌まじりにキッチンへと向かって行った。
「・・・・・・」
そんなトルコの後姿を見つめながら、買い物の事どうしよう・・・と思いつつ、
朝ごはんの支度を手伝いに、はトルコの背を追った。
「いただきます。」
「イタダキマス。」
と食事をする様になってから、トルコは「いただきます。」を使うようになった。
以前、「いただきます。」について聞かれ、あやふやで間違っているかもしれないけれど・・と、
由来や意味などを答えたら、なんだかとても気に入ったらしく、
「そいつぁいい習慣だな!」と眼を輝かせて素晴らしいと褒めてくれた。
今まで気にもせずしてきたことで、言わない時も多々ある、そんな些細なことだったので、
最初は戸惑ったが、あまりにも表情を輝かせトルコが褒めてくれるので、やはり嬉しくなり、
これからきちんと言っていこう・・・と、は思った。
そして「イタダキマス。」を終えると、今日も美味しい朝食を口に運ぶ。
「・・・本当にトルコさんの料理は美味しいですよねぇ・・・」
は頬張った料理の美味しさに、頬を緩ませ、幸せそうな顔で言う。
「ハハハ!おだてても何もでねぇぞ?
まぁ、毎日毎日そう言ってくれっと、作り甲斐もあって嬉しいけどな。」
トルコは少し照れた様子で、けれど嬉しそうに笑って返した。
「・・・・・」
しかし、食事をしながらやはり買出しの事が頭を過ぎる・・・。
(トルコさんに相談してみようかな・・・でも、そしたらトルコさんのことだから、
一緒に行ってくれそうだし・・・お金も出してくれそうな気がする・・・・・)
既にこうやってただ飯ぐらいしてるのになぁ・・・と、
はもくもく頬を動かしながら、頭の中で色々と考える。
すると、
「・・やっぱり・・・色々考えちまうかい?」
低く、囁くように優しいトルコの声が聞こえてきて、
はドキッとしてぱっと顔を上げる。
「昨日の今日だもんな。色々考えちまうわな。」
トルコはふっと、優しく、けれど何故かトルコが少し辛そうに微笑む。
「あ・・・・」
(まずい・・・なんか・・言い出せなくなった・・・・)
トルコの言葉と微笑みに、買い物のことで悩んでたなど、言いにくいことこの上ない・・。
「そう・・・ですね・・・・これから・・こっちで生活していくわけですし・・・」
少しの沈黙した後、自分が何か言わなきゃと空気を読んだは、
しどろもどろに答えながら、ふと、このまま話を買い物の方へ持っていけないかと思いついた。
「・・そうだなぁ・・・まぁ、俺ん家では遠慮はいらねぇからよ!
変な気もつかわねぇでいいから、気楽にやってくれや!」
「・・・はい、ありがとうございます・・・・。」
しかし、自分を励ますように、明るい笑顔と共にそう言ってくれたトルコに、
どうしよう・・・と、さらには追い詰められる。
「まぁ、食え食え。後でチャイとバクラヴァも出してやっからよ。」
「あ、はい・・・」
バクラヴァ・・聞いたことないけどどんなものだろう・・と思いながら食事を再開すると、
あ、とトルコが声を上げた。
「そういやぁお前さん、何か必要なもんはねぇかい?」
「!」
やった!とは心の中で叫ぶ。
「服とか・・・色々、こないだ渡したもんだけじゃ足らねぇだろ?」
「あ・・はい!」
トルコさんが気が利く人で良かった・・と、はほっと胸をなでおろす。
しかし、
「ん〜・・そうだなぁ。後で欲しいもん紙に書いて渡してくれれば、用意しとくからよ。」
にっこり微笑んで言われたその一言に、え・・と、は表情を固まらせる。
(トルコさん・・・それは・・・ちょっと・・・)
食事を再開したトルコを見つめ、は一人そっと肩を落とした。
必要な物の中には言いにくい・・書きにくい物もある。
相手は一応、女なんだから・・・トルコさん!と、は心の中で密かに叫んだ。
そもそも洋服を用意するとしても、サイズの問題もある。
サイズも書けという事なのか?下着のサイズまでも・・・?
「・・・・・・」
は動揺を隠せない。
食べ始めようとしたが、考え込んで箸ならぬフォークが動かなかった。
「ん?どうしたい?」
トルコはそんなの心中には気付きもせず、そんな問い掛けをする。
「・・あの・・・」
はどう言おうかと言葉を選ぶ。
「服・・のサイズとかも・・・書いといた方がいいですよね?」
遠まわしな言い方かな・・・と思いながらも、はトルコに聞くが、
「え?何言ってんでい!そんなんセクハラになっちまうだろい!書かなくてもでぇじょうぶだよ!」
トルコはそう言いながら、ははは!と少し困ったように照れたように笑う。
(・・・へ?)
トルコから返ってきた言葉に、は思わず怪訝な顔付きをしてしまう。
さっきの言葉で察して!というのもあったのだが、
それよりも、大丈夫というトルコの言葉・・・なぜ大丈夫なのか・・。
サイズは伝えてないのだが・・・見て分かるから言わなくても・・ということ?
トルコにはそんな特技が?
そういえば、今着ているこの服もサイズがピッタリだが・・・。
「ああ!そうか!わりぃわりぃ、意味わかんねぇよな!」
すると突然、露骨に出てしまった表情で心中を察してくれたらしく、
トルコは突然、少し大きめの声で思いついたように言った。
「俺らはあれが当たり前だからよぉ。」
「・・・・・・。」
トルコの言ってることがさっぱり分からない。
つい、また怪訝な顔付きをしてしまう。
「ん〜・・・説明するより見たほうが早ぇだろうな・・・
飯食ったら見せっからよ、とりあえず飯くっちまおうぜい。」
トルコは、ししっと笑ってそう言った。
は、はい・・と言うしかなく、疑問符だらけの状態だったが、
とりあえず、そのままフォークを動かすことにした。
「こっちこっち〜。」
朝食を食べ終え、後片付けも綺麗に済ませた後、
さて、見せるか。と、トルコに連れられてきたのは寝室。
があの日落ちてきたベッドのある、トルコの寝室だ。
トルコはのったのったと大柄な身体でのんびり歩きながら部屋の隅に行く。
「これこれ。」
そしてトルコはポンポンと叩いたのは、
人が二人座れる大きさのベンチ代わりにもなりそうな、がっちりとした長持ちだった。
木で出来たその長持ちは、長い年月を経てきたのを証明するかのように、
表面は落ち着いた飴色に輝き、艶々とてかり輝いている。
そして所々綺麗な幾何学模様のタイルや宝石・・だろう、様々な色の石で装飾されている。
角や鍵部分の鉄は少し黒ずみ、長年の月日が伺える。
(綺麗・・・・・)
そんな感想を持ちなが見つめていたが、で、これが?何なんだ?と、
が思っていると、
「、今欲しいもんなんかあるか?」
トルコがそう聞いてきた。
「え?」
「欲しいもん。」
突然の言葉にきょとんとしていると、トルコに欲しい物だよ。と催促される。
突然欲しい物はと聞かれても・・・と、焦りながらもは必死に考え・・・
「えっ・・と・・・・服・・・ですかね。Tシャツとジーンズこれだけしか持ってないですし。」
とりあえずそう答えた。
「了解。んじゃあ・・とりあえずTシャツ3枚とジーンズ2枚な。」
そう言うとトルコは、じっと長持を見つめて・・・長持の重いふたをギィッと持ち上げた。
そして扉を開け切り、中に手を入れて・・・・・
「ほれ。」
にっと笑いながらに渡してきたのは・・・が着たいなと思うような、
趣味に合うTシャツとジーンズだった・・・・。
「え・・・え!?」
は少し慌てながらそれを受け取る。
「あ・・3枚と2枚・・・え!え!?何でですか!?」
今、欲しいと思ったものが、出てきたのだ。誰だって驚く。
某ネコ型ロボットでもなきゃ出来ない事だ。
「ははは。やっぱ驚くよな。まぁ、うちらはこれが当たり前なんだけどな。」
しかし、トルコは落ち着いた様子で微笑みながら長持を閉める。
「この長持はなぁ、欲しいと思った物を出してくれる不思議な長持なんでい。
しかも気付いた時には側にあったつーか・・・使ってたから、
いつからあるのか、誰がくれたのかもわからねぇ、覚えてねぇ・・・聞いてみたら俺だけじゃなくてな、
みんな『そういえばあった。』とか言う、不思議な長持よぉ。」
「・・・みんなって・・他の国の方も持ってるって事ですか?」
「ああ。」
トルコの不思議な長持の解説に、ほあ〜と、は唖然としてしまう。
また、この世界の不思議に遭遇したのだ。
「あ、もしかして・・・だからサイズがピッタリなんですか?」
「そうでぃ。不思議な長持に『に合うTシャツとジーンズ出してくれい。』って思いながら開けると・・
あら不思議。サイズも、多分、趣味にも合うもん出してくれるってわけよ。」
趣味にあうかい?とトルコは聞く。
「文句なしです・・・サイズもぴったりなんでしょうね・・・ほんと凄いですね。」
はは・・と、は空笑いをする。
「つーわけで。欲しいもんがあれば言ってくれれば出すからよ。遠慮すんな。
あ、つっても高価なもんとか私利私欲に走ったもんは出してくれねぇからな。この長持はよ。」
便利に出来てるわなぁ。とトルコは笑いながら言う。
「そうなんですか・・・ちゃんとしてますね・・・」
と、返しながら、ははっとする。
(そうじゃない!トルコさんに言って出してもらうんじゃ、問題が解決しないじゃない!!)
そう、言いにくい物があるから困っていたのだ。
私に使わせてくれないだろうか・・・と、は悩む・・・。
「あの・・トルコさん・・・」
これはもう・・・直球ストレートで言うしかないか・・・・
は心の中で小さく溜息をつき、言葉を続けた。
「あの・・長持・・・私にも使わせてもらえますか?トルコさんが立ち会わなくても・・・。」
「ん?・・ああ・・・まぁ、別にかまわねぇが・・・」
の言葉に、トルコはやはり少し不思議そうな顔をしている。
最後まで・・・気付いてくれなかったか・・・・
はそう思いながら、ストレートを投げつけた。
「あの・・・必要な物で・・トルコさんに言いにくい物が・・たまにあるんで・・・。」
なんとなく気まずくて・・・少し俯いて言った。
でももう大人ですから。
相手も大人ですから。
別に平気です。
はそう思う・・いや、自分に言い聞かせたのだ。
「・・・・」
トルコは一拍置いて・・・
「あ、ああ!そうだな!そうだよなぁ!!わりぃなぁ!気の利かねぇおっさんで!」
色々思いついたらしく、少し慌てた様子でそう捲くし立てた。
「あはは・・・」
は、いえいえ・・と笑うしかなく。
ちょっと赤くなりながら焦っているトルコを内心、少し可愛いな・・・と思いながら、
不思議な長持のおかげで、問題解決だ。と、ほっと安堵した。
これから、どうぞよろしく、長持さん。
終。
2011/05/06....