愛の証。
その日は、もう夏も終りなのに、酷く暑い日だった。
「あ、ありましたよ。」
ギラギラと、白く眩しいほどの太陽の日差しが照りつける中、
日本はその名前を見つけると、足を止める。
「・・・・ここか・・・」
頬や首筋に汗を伝わせたトルコが目を向けた先にあるのは、『家』と書かれた墓石。
「やっと見つかりましたね。よかった。」
日本は持っていた、家名と家紋の書かれた水桶を置くと、ほっと一息つき、トルコに微笑む。
「ああ、同じ墓石ばっかこんなにあるから、見つからねぇかと思ったぜ。」
トルコもそう言いながら苦笑いする。
二人がいるのは、とあるお寺に併設された墓地。
お寺の脇にある墓地は、霊園とは違い、墓石が隙間なく立って、密集している。
墓石に少し影を作る周りの木々には、蝉がいるようで、もう夏も終りだというのに、蝉たちは力強く鳴いていた。
日本とトルコの二人は、この暑い中、黒い礼服に身を包み、そこを訪れていた。
「ここで間違いねぇのかい?」
トルコは、今日は仮面をしていない。
「・・・そうですね・・・間違いないと思うのですが・・・ちょっと失礼して・・・・・」
日本はそう言うと、墓石の側面に回り、何かを見つめる。
「あ、間違いないようです。」
そしてそこに、ある物を見つけると、顔を上げトルコに手招きをした。
「?」
呼ばれたトルコが何だ?と、首をかしげながら日本の側へ行くと、
日本は墓石の側面を指差した。
「・・・・・・・・・」
そこには、他の数人の名前と共に、彼女の名前があった。
そしてその下には、彼女の生きた年月の数字。
「・・・・長生き・・・したんだな・・・・・」
トルコは静かに微笑む。
そこは彼女の眠っている場所だった。
トルコの・・・愛した人・・・・・
二人は、借りてきた掃除道具で掃除を始めた。
「じゃあトルコさんはこれで拭いてください。」
「はいよ。水かけちまっていいのかい?」
「ええ。大丈夫ですよ。」
日本の墓参りをよく知らないトルコは、日本に指示されながら、墓石の掃除をする。
「・・・・・・・」
雑巾で墓石を拭きながら、彫られた彼女の名前の所にきて、手を止めた。
そして、指でそっと・・・彼女の名前をなぞる・・・。
脳裏には、彼女の姿が浮かんでいた。
自分と一緒にいた頃の・・・可憐な彼女。
もう何十年も昔のこと・・・・。
けれど思い出は・・・鮮明に蘇る・・・。
指で彼女の名前をなぞり・・・彼女が生きた年月の数字をなぞると、
トルコの中で、色々な想像が膨らむ。
自分と別れてからの歳月・・・彼女はどう過ごしたのだろう・・・・。
10年・・・20年・・・と、老いていく彼女を想像しながら、
結婚して・・・子供が生まれて・・・子供が育ち・・・孫が出来る・・・・と、
一般的な人生の流れを過ごす彼女の姿を思い浮かべる。
「・・・・・・・・・」
そして、少し淋しさの混じった笑顔を浮かべた。
既に置かれていた湯のみをすすぎ、綺麗な水を注くと、持ってきた花を活け、線香を供える。
そして、日本とトルコは静かに手を合わせた。
「「・・・・・・・・・」」
日差しの強い、静かな墓地に、蝉の声だけが響く。
ふっと、どちらからともなく手を下げ、顔を上げると、
しばらく二人は無言でそこに佇んでいた。
「・・・・・さん・・・」
強い日差しと日本特有の湿気に、二人の頬に汗がいくつかしずくとなって伝う頃、
日本が静かに口を開いた。
「・・・ずっと・・・『』さんのままだったんですね・・・・」
「・・・・・・・」
日本言葉の意味がよくわからなくて、トルコは日本を見る。
「・・・・・・・・っ・・・」
墓石を見つめる日本の横顔を見て、トルコはようやっとその意味に気付いた。
「・・・・・・・・・」
トルコは震え出しそうな体を、奥歯をぐっと噛締めて抑えると、少し眉をひそめながら、墓石を見る。
『家』という文字を見た・・・。
彼女は年老いて、亡くなる最期まで・・・『』だった―――
それは・・・・何か他のことが理由だったのかもしれない・・・・・
けれど・・・自分が理由だったのかもしれない・・・・
どちらかは分からない・・・・けれど・・・・
もし・・・もしも、自分が理由で、彼女が最期までずっと一人でいたのなら・・・・・
「・・・・・馬鹿野郎がっ・・・・」
こんなに申し訳なくて・・・切なくて・・・・嬉しいことはない・・・・・・
「・・・・水桶・・・片してきますね・・・・・」
日本はそう言うと、水がなくなり、空になった桶を持ち上げ、トルコに背を向ける。
「わりぃ・・・・」
トルコは震える声で、日本にそう言うと・・・更に奥歯に力をいれ、
あふれる感情を抑えるために、目元にぐっと手を当てた。
「・・・・お前・・・結構、頑固で・・・強情だったもんな・・・・・・」
そう一人でつぶやきながら、目元を隠したトルコの頬を、雫が伝った。
こうなるのなら・・・最期まで・・・彼女が最期に目を閉じるまで・・・・・一緒にいればよかった―――
たとえ、自分を置いて、老いていく彼女でも・・・・
その側にいて・・・・二人で笑いあって・・・・・
彼女が安らかに眠るその時まで・・・・
俺が彼女を・・・・見守り続ければよかった――――
「・・・・・・・・・・」
ズッ・・と鼻をすすり、零れて、にじんだ涙を手の甲で拭うと、
トルコは顔を上げ、赤くした目元で、二ッといつもの明るい笑顔を浮かべた。
「愛してるぜ・・・・・・・・」
静かな、蝉の鳴き声だけが響く墓地で、トルコは静かに囁いた―――
終。
2012/09/13....