ごちそうさまでした。
夕飯の、いいかおりがした。
窓から差し込む紅い夕日にふと気付きはなんとなく下の階の様子が気になり、
部屋のドアを開け、廊下へと出た。
ドアを開けると、夕飯のいいかおりがの鼻をなでる。
呼吸と共に自然と取り込んだそのかおりにの頬は思わずゆるみ、
そのままパタパタとスリッパの音を立て、階段を下り、すぐ側にあるキッチンを、ひょいと覗いた。
「いいにおいがするね〜。」
そしては中にいた人物に声をかけた。
「あら。ちょうどよかった、もうすぐお夕飯、出来るわよ。」
中にいた一人、フランソワーズがを振り向きながらそう微笑む。
「今日はの好きなものもたくさん作ったアルヨ〜!」
そしてもう一人、張々湖も大きな中華鍋を振るいながらに顔を向けた。
「わ〜、楽しみだ〜!じゃあ、私、みんなに声かけてくるね!」
は笑顔でそう言うと、パタパタと足早にその場を去って行く。
足音が遠のくのを聞きながら、どちらともなく、フランソワーズと張々湖は顔を合わせ微笑みあった。
「はい、お皿。」
「おう。」
「ビール飲むか?」
「お、いいね〜。」
ガヤガヤと、リビングが賑やかな声と雰囲気であふれる。
が、みなに夕飯だと声をかけている間に、テーブルにはたくさんの料理が並べられていた。
徐々に集まってきた00ナンバーや、博士達で、広めのリビングはあっという間に
ほどよい混み具合になり、それぞれが食事の前の時間を楽しんでいる。
椅子に座ってまだかー?と、食事開始を待っている者もいれば、
食事前に音楽を・・・と、部屋に置いてある、懐かしいがまだ現役の蓄音機をいじっていたり、
食事のおともにとアルコールの準備をしていたり・・・
おのおの行動してはいるが、バラバラではなく、どこか一体感を持ちながら動いているみなの顔には、
安堵・・・安らぎ、幸福感がにじみ出ている様な気がして、
部屋に漂う幸福感にも幸せな気持ちを感じずにはいられなかった。
「どうしたの?」
サラダが盛られたお皿を持ちながら、どこかうつろな瞳で佇んでいるに気付き、ジョーは声をかける。
「あ、ううん。なんでもないよ。」
ふと、我に返ったは、慌ててジョーに微笑んだ。
「・・・そう?」
ジョーは、それでもまだ心配そうに、軽く頭を傾かせの顔を覗き込むように伺う。
「・・・・なんだか・・・幸せだなっ・・て・・・」
ジョーが心配してくれている。
その、あたたかい気持ちには、今、心の中にあふれているこの気持ちを、
全て言葉にしてジョーに伝えたいと、そんな想いでいっぱいになったけども、
まくしたてて伝えても、ジョーが困った顔をするのはわかりきっているので、
はほんの少しだけ・・・心の中のその気持ちを、小さくつぶやいた。
「・・・・・」
目を合わさずに、少し照れて気まずい風につぶやいたに、
ジョーはほんの少し、わずかに目を見開くと、次の時にはもうその瞳を細め、
優しい微笑みをに向けていた。
「さ!ごはん食べよう!!」
自分のついこぼしてしまった言葉が恥ずかしかったのか、
ジョーに微笑まれ、照れてしまったのか・・どちらなのかは分からないが、
はジョーと視線を合わせないまま、少し大きめの声を出し、みんなにそう声をかけた。
その頬は、こころなしかあかくなっているように、ジョーには思えた。
「それじゃあ、日本のお作法で。みなさま、せーの!」
『いただきま〜す!』
グレートのかけ声にあわせ、みなの声が部屋に響く。
も箸を握り手のひらをあわせて、いただきます。と、瞳を閉じた。
「今日も張々湖のごはんはおいしいね。」
「お、この肉もらい!」
「あ!002!それは僕の!」
「ごめん、それ取ってもらえる?」
明るい、華やかな声が食卓に広がる。
「ん〜、おいしい!今日も張々湖の酢豚は最高だね。」
もおいしさに顔をゆるめて、張々湖に微笑みかけている。
「ありがとアルヨ!おいしいって言ってもらえるのが、ワテの一番のごちそうアル!」
作りがいがアルネ!と、嬉しそうに言葉を返す張々湖。
箸をすすめながら、ふとの脳裏に、昨日までのここでの食事風景が浮かんだ。
「・・・・・・・」
昨日まで、みんなは戦いに出ていた。
すぐ戻ってくるからと、00ナンバーと博士はドルフィン号に乗り、
はこの家で・・・一人、淡々と、みんなの帰りを待っていた。
コズミ博士の所にいさせてもらっては?と、心配したみんなに前に提案されたこともあった。
しかし、一度はそうしたものの、コズミ博士は変わらずに、
いつものあの落ち着いたままで接してくれるのだが、元気にふるまわなくてはと、
自分が逆に気を使ってしまうので、一人でいた方がいい。と、大丈夫だからと、
はこの家で一人、待つことを選んだ。
一人でいて、恐怖と不安に頭を抱え、ぎゅっと小さくまるまっている日もある。
怖くて辛くて悲しくて、涙がこぼれた日もあった。
それでも・・・恐怖と不安は心の中にあるのに、周りに人がいるからと、それを押さえ込み、
叫ばないまま・・叫べないまま、みんなを待つ日々を過ごすのは・・・
一人で不安に耐えるよりも、辛かった。
だからは、自分の気持ちに正直に過ごせる、一人を選んだ。
一人の家は、とても静かで。
そして、とても暗くて。
同じ光が家に差し込んでいるはずなのに、家の中には暗い影が落ちていての心も同じだった。
波の音だけがいやに響いて、テレビなどつける気にもならず・・みんなが戦いに出ている間、
はほとんどの時間をソファの上や、ベッドの上などでまるまり、ひたすら波の音を聴いていたと思う。
そして、空腹になったらごはんを食べる。
特に食べたいわけではなかったが、以前、みんなが戦いから帰ってきた時に、痩せたかと問われ、
食事をあんまりとらなかったと話すとえらく怒られたので、その時にちゃんと取ると約束を交わしたのだ。
約束・・・
約束は、守らなければ。
守れば、きっとみんなも守ってくれる。
という願い・・・気が付けば願掛けをしていたのかもしれない。
『俺たちは必ず戻るから・・・だから、お前もちゃんと食事をとれ。』
いつも以上のしかめっ面で、ハインリヒはそう言った。
その言葉を思い出しながらとるテーブルで一人の食事は・・・
時々、あふれてきた涙で、更に箸が重くなった。
「いただきます。」も、
「ごちそうさまでした。」も、
必要のない食事。
静かで、自分の箸と食器の音だけしか聞こえない食卓。
だから今、こう言えることが嬉しい。
「あ〜、おいしかった!ごちそうさまでした!」
終。
2010/01/07....